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(CEOブログ)WTO漁業補助金協定合意を機に、日本の漁業補助金のあり方を再考する

(CEOブログ)WTO漁業補助金協定合意を機に、日本の漁業補助金のあり方を再考する

2022年6月12日から16日にかけてスイスのジュネーブで開催された第12回WTO閣僚会議で、漁業補助金協定が合意されました。これは海洋生態系や漁業資源の回復を図る上での有害な漁業補助金の撤廃、具体的にはIUU(違法・無報告・無規制)漁業や乱獲状態の資源に関連する漁業などに対する補助金を禁止するものであり、SDG 14.6「過剰生産や乱獲につながる漁業補助金を禁止し、IUU漁業につながる補助金を撤廃し、同様の新たな補助金の導入を抑制する」(一部抜粋)を実現したもの。日本の水産業界の行方も大きく左右します。
https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=q:/WT/MIN22/33.pdf&Open=True

 

日本の漁業補助金の現状

日本は世界5位の漁業補助金大国です。しかし国連食糧農業機関(FAO)の主要漁業国の漁業生産量の将来予測によると、先進国・途上国を問わずほとんどの国が生産量を伸ばすなか、今後さらなる減少が見込まれる国の筆頭になってしまっています。いったい日本の多額の漁業補助金は、何を目的にどのように使われているのでしょうか?

水産庁によると、日本周辺水域の漁業資源の多くは「低位」評価、つまり日本の周りの海に漁業資源が十分に維持できていない状態が続いています。獲る魚が不足し生活を営むことが難しい水産企業や地域社会には、再生産前の未成魚や乱獲状態にある漁業資源の漁獲を続けざるを得ない状況にあるだけでなく、国からの多額な補助金なしには生計を立てることができない負のスパイラルに追い込まれてしまっているところが多くあります。今の日本の漁業補助金は、ビジネスモデルが破綻して久しいこの水産業システムを近視眼的に延命させることに、その多くが使われていると言わざるをえません。

一方で、未来世代の水産業システムを構築するために欠かせない、海洋データの収集と分析、漁業資源の管理と回復、事業の効率化と透明化、それを可能にするテクノロジーやイノベーションなどには、十分な補助金がまったくと言っていいほど行き届いていません。根本的課題から目を背け、抜本的対策に取り組むことを避け、近視眼的延命を続ける限り、衰退は加速し、未来世代の希望は萎むばかりです。

「茹蛙」や「泥舟」と表現される日本の水産業の悪循環に終止符を打つには、目標設定と目標を軸としたバックキャスティング思考に基づく体制と行動に全てのステークホルダーが切り替えることが不可欠なのではないでしょうか。未来を託す覚悟と痛みを伴う厳しい決断を下す時が、いよいよ日本の水産業界にも来ており、今回合意されたWTO漁業補助金協定は、そのための未来へとつなぐバトンとも言えるのかもしれません。次世代が受け取りやすいバトンパスをして、第一歩を踏み出す若い背中を力強く押すために、日本政府、水産業界、そして関連するステークホルダーによる更なる協働が、切実に求められています。

 

合意されたWTO漁業補助金協定

今回合意されたWTO漁業補助金協定は、有害な漁業補助金の撤廃、具体的にはIUU漁業や乱獲状態の資源に加担するような漁業などに対する補助金を禁止することで、世界の海洋生態系や漁業資源の回復を目指すものです。

1. 対象及び報告等について

重要な点として、まず当協定の対象についてはWTO漁業補助金協定1条に、海面漁獲漁業に対する補助金のみが協定の対象になると記されています。養殖や内水面漁業に対する補助金は対象外です。

報告等については同8条に、漁業補助金の対象となる漁業の種類や漁獲量、資源状態、保存管理措置等をWTOに通報することや、これらの情報は定期的に開催されるWTOの委員会において審査され、他の加盟国には質問の機会が与えられることが記されています。世界有数の漁業補助金大国でありながら漁業衰退国の筆頭となってしまっている日本の補助金のあり方が、世界に晒され評価されます。また、これから日本を含む加盟各国は、自国の漁業補助金がIUU漁業や乱獲に関与せず、海洋生態系や漁業資源の回復に寄与することを、国際社会に対して説明責任を果たすことが求められるようになります。

 

2. IUU漁業に対する補助金の禁止

WTO漁業補助金協定3条には、IUU漁業に対する補助金の禁止が記されています。違法(Illegal)漁業はもとより、無報告(Unreported)や無規制(Unregulated)な漁業への補助金も禁止されていることが注目点です。これからは事業者が、自身の事業がIUU漁業に関与していないことを証明することが、より一層求められるようになるでしょう。船上や漁網内など漁業現場における監視体制や報告体制の強化はその手段の一環であり、漁業従事者人口が減少の一途を辿る昨今、電子モニタリングや電子報告を中心としたDXはもはや不可避と言えます。政府がIUU漁業に対する補助金の供与を止め、補助金を集中投入すべき点の一つは、この監視体制や報告体制の包括的なDXによる、現場負担の軽減と透明性の追求ではないでしょうか。国際的視野で日本の未来世代の水産業システムのグランドデザインを描く力と、ステークホルダーをそのデザインに巻き込むエンゲージメント力の発揮が期待されます。

 

3. 乱獲状態の資源に関連する漁業に対する補助金の禁止

WTO漁業補助金協定4条には、乱獲状態にある資源に関連する漁業に対する補助金の禁止が記されています。日本周辺海域の漁業資源の多くが乱獲状態にある日本にとっては受け入れ難い条約と捉えるステークホルダーもいるかもしれません。ただ同条には、資源回復を促している場合や補助金自身が回復を促進する場合には補助金供与が許される、とも記されています。つまり漁業資源を回復させるために、予防的アプローチと科学的根拠に基づく計画期間と目標数値が定められ、資源の回復を科学的に証明できれば、その事業には漁業補助金の供与が許される訳です。全ての補助金が悪いわけではなく、有害な補助金の供与を禁止して、資源回復に有益に補助金を使おうというのが、この度の条約合意の精神です。

 

水産庁は新漁業法を実施する上で、2030年までに新たな資源管理の推進によって漁業資源を回復させ、約10年前と同程度(目標444万トン)まで日本の漁獲量を回復させることを目標に定めています。そしてその実現に向け、2023年度までに下記を含む複数の数値目標を達成する「新たな資源管理の推進に向けたロードマップ」を発表しています。水産庁は、この度のWTO漁業補助金協定の合意に基づき、科学的効果測定を基礎に補助金を活用することで、このロードマップの実現に多様なステークホルダーをより深く巻き込むことが可能となります。別の言い方をすると、水産庁には、日本政府が合意したWTO漁業補助金協定に則り水産補助金を活用してステークホルダーを巻き込み資源回復の成果をだし、それを国際社会に説明する責任が生じることになります。ステークホルダー・エンゲージメントのあり方を改善し、資源回復への努力よりも科学的な成果を追求・評価した補助金運用の徹底が求められます。

 

<新たな資源管理のロードマップ主要ポイント>

資源調査・評価の充実・精度向上:資源評価対象を200種に拡大。MSYベースの資源評価を行い、目標管理基準値と限界管理基準値を設定。

電子報告体制の構築:全漁業種類において大臣許可漁業の電子的報告の実装を完了し、 知事許可漁業へも順次拡大。また、400以上の主要な漁協・産地市場から産地水揚情報を収集する体制を整備。

資源管理の改善:漁獲量ベースで8割をTAC管理とし、TAC魚種を主な漁獲対象とする大臣許可漁業には原則IQ管理を導入。また残り2割のTAC非対象のものにおいては、資源管理計画から資源管理協定への移行を完了(※資源管理協定:漁業者等が資源回復の計画を作成・実施し、水産庁がその効果を検証し、計画内容と検証結果を公表するもの)。

 

日本の水産業にとっての生存戦略

かつては世界最大の水産大国だった日本は今や、漁獲量はピークの3分の1、漁業従事者人口は同4分の1にまで減少し、さらに国民一人当たりの水産物消費は過去20年で4割減という、文字通り「フィッシュ・ショック」の危機に直面しています。根本的課題から目を背け、抜本的対策に取り組むことを避け、近視眼的な延命措置を続けている限り、衰退は加速し、未来世代の希望は縮みます。

一方で、国際的視点から日本の水産業を見ると、そこには広大なブルー・オーシャンが広がっています。世界人口増加に伴う食料需要増加に応えるには、陸上生産の大幅拡大が困難な中、地球表面積の7割を占める海洋に由来する食料、つまり漁獲漁業と養殖業における持続可能な生産性の向上が欠かせません。自国の水産市場が人口減少により縮小する一方で、世界三大漁場の一つに数えられる豊かな海洋生態系を育む海域を排他的経済水域内に持ち、世界の水産業界に影響を持つ複数の国際水産企業大手が本社を連ねる日本には、漁業資源の管理強化によりその最大かつ持続的な活用を実現し、この緊急国際課題の解決に貢献する、世界に類を見ない大きなポテンシャルが眠っています。

補助金ゼロの水産業界を構築することが理想ではあるものの、今の日本においてはまずはその実現のためにも、上記ポテンシャルを活かせる本当の意味で持続可能な水産業システムの構築に向け、むしろ積極的に補助金を有益に活用することが重要だと我々は考えます。

WTO漁業補助金条約に則り有害補助金を禁止し、覚悟を持って延命措置の継続を止め、代わりに海洋データの収集と分析、漁業資源の管理と回復、事業の効率化と透明化、それを可能にするテクノロジーやイノベーション等に大胆に補助金を投入する。 客観的・科学的な効果測定を徹底して、補助金による資源回復や持続性追求における効果を可視化・数値化できる事業にのみ補助金の供与を続ける。

日本の水産業界のステークホルダーが協働し、この度のWTO協定合意を日本の水産業に残された数少ない生存戦略のブラッシュアップに活用してゆくこと、そして海洋生態系と漁業資源の持続的活用を追求する有益な水産補助金のあり方を実践し世界に胸を張って示すことができるようになることを願い、その実現に弊社も貢献してまいります。