CEOブログ:IUU漁業対策の新潮流始まる -国連海洋会議最新報告
2022年6月25日から7月1日にかけて、第2回国際連合海洋会議(UNOC)に参加しました。
UNOCは国連加盟193カ国の政府間・非政府組織、民間セクターやメディア、一般市民が集まり、海洋の持続可能性を目指し、意識を高めてグローバルな行動を呼びかけたり、自主的コミットメントを発表する場で、2017年に初めてニューヨークで開催されました。今年は、ポルトガルのリスボンで開催され、国連加盟国の政府を中心に、ビジネス、ファイナンス、フィランソロピー、アカデミアなど多様な分野からステークホルダーが集った会場で、「プロポーザルからアクションへ、今こそギアシフト」の決意表明で開幕。2017年にニューヨークで開催された第1回UNOCで世界に警告された多くの課題における、SDGsを軸とした構造改革の提案と科学に基づく解決策について、コミットメントの発表や活発な議論が繰り広げられ、国際潮流が形作られていきました。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」は10のターゲットで構成され、どれも重要ですが、その中でもいま日本が特に注力すべきだと私が注目するのが、SDG14.4と14.6についてです。この二つは主に、漁獲を効果的に規制しつつ、IUU(違法・無報告・無規制)漁業を終わらせるし、また過剰漁獲やIUUにつながる漁業補助金を禁止し、科学的な管理計画を実施することで、⽔産資源を実現可能な最短期間で最⼤持続⽣産量のレベルまで回復させる、というターゲット。このうち14.6の漁業補助金については、数日前にWTOで合意があったことは前回のブログで紹介した通りです。
*1 SDG14.4: ⽔産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の⽣物学的特性によって定められる最⼤持続⽣産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣⾏を終了し、科学的な管理計画を実施する。
*2 SDG14.6: 開発途上国及び後発開発途上国に対する適切かつ効果的な、特別かつ異なる待遇が、世界貿易機関(WTO)漁業補助⾦交渉の不可分の要素であるべきことを認識した上で、2020年までに、過剰漁獲能⼒や過剰漁獲につながる漁業補助⾦を禁⽌し、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助⾦を撤廃し、同様の新たな補助⾦の導⼊を抑制する(現在進⾏中の世界貿易機関(WTO)交渉および WTO ドーハ開発アジェンダ、ならびに⾹港閣僚宣⾔のマンデートを考慮)。
IUU漁業対策の世界潮流と日本の動き
1. 政府間連携プラットフォーム「IUU漁業アクションアライアンス」の発足
UNOCでは、イギリス、カナダ、アメリカ政府により、水産資源の枯渇化や海洋生態系の破壊の主因の一つであるIUU漁業の撲滅に向けた政府間連携プラットフォーム「IUU Fishing Action Alliance」の発足が発表されました。水産物は国際コモディティであり、サプライチェーンへのIUU漁業リスクの流入を防ぐには国境を越えた国際連携が不可欠。この発表には大きな注目が集まり、会場を超えホワイエやレセプション等でも連日この話で持ちきりでした。早速複数の国や地域の政府が、このアライアンスへの参加に向けた手続きや検討を具体化させているようです。果たして年末に「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)の施行が予定される日本政府はどう動くのでしょうか?
2. 世界主要水産市場である欧・米・日による連携
世界の水産物総貿易量の半分以上を消費するEU、アメリカ、日本の政府代表が一堂に会してIUU漁業対策の方向性を示したセッションも、満員御礼の大盛況でした。IUU漁業対策フォーラムを代表し私も運営に携わったこのセッションでは、世界の主要水産市場である三政府が、連携を強化し、グローバルサプライチェーンの透明性を追求し、IUU漁業に由来する水産物の市場流入を防ぐことの重要性について、声を揃えました。
日本政府代表としてご登壇された三宅伸吾外務大臣政務官は、日本初のIUU漁業対策の法律として2020年に制定され、今年12月に施行が始まる水産流通適正化法の説明を中心に、PSMA(寄港国措置)の批准を未批准政府に促すことや、RFMOs(地域漁業管理機関)やG20等でのさらなるリーダーシップの発揮など、国内施策と国際連携について発表され、水産業や海洋生態系の持続性を追求する力強い姿勢を示されました。
日本の水産業界や消費者を守るだけでなく、国際課題の解決に大きく貢献するコミットメントとして、三宅政務官のスピーチは大きな拍手で会場に歓迎されました。私は会場でこの拍手を聞いて、水産流通適正化法の成立に複数の立ち位置から携わった経験を思い出し、日本政府がステークホルダーとの調整を経てこの国際連携の第一歩を歩み出したことに誇りを感じたのと同時に、日本が欧米と足並みを揃えてIUU漁業対策に取り組むことへの、国際的関心の高さと期待の大きさを再確認しました。
3. 水産サプライチェーンにおける人権侵害
私にとっての三つ目のハイライトは、アメリカ政府がUNOCに合わせて強化を発表した新たなIUU漁業対策のスコープに、水産サプライチェーンにおける人権侵害が含められたことです。水産サプライチェーンにおける人権侵害はいま日本のビジネス・ステークホルダー内でも特に注目が高く、当社に届く問合せ件数も増えています。IUU漁業対策フォーラムを含む17の国内外組織から日本政府へ手交された共同提言にもある通り、今後の日本政府の対応に期待が持たれます。
市民社会の国際連携
1. 市民セクター連携プラットフォーム「グローバル・トランスパランシー・アライアンス(仮名)」の構想発表
IUU漁業の撲滅や透明性の追求を目的にコアリションを組むのは政府だけではありません。UNOCでは市民セクターによる国際連携プラットフォーム「Global Transparency Coalition(仮名)」の構想が発表されました。私は縁あってこのコアリションの設立フェーズにおける運営理事を務めています。既存の国際プラットフォームの理事を務めたことはありますが、国際プラットフォームの立ち上げに理事として携わるのは初めての経験です。まだ正式な名前も決まっていないプラットフォームですが、レセプションを開き、世界各地からUNOCに集まったNGOなどの市民セクター・ステークホルダーに広く参加を呼びかけ、多くの賛同をいただきました。今後、まずは正式な立ち上げに向け、未来志向な国際連携体制を構築していきます。
2. 世界経済フォーラム:フレンズ オブ オーシャン アクション
夜の時間は連日開かれたいくつものレセプションで仲間達との再会を喜び合いました。特に印象的だったのは、世界経済フォーラムと世界資源研究所により設立され、海洋環境および海洋資源の保全や持続的活用を実現するためのアクションを先導する60人強のグローバル・リーダーがメンバー(「フレンズ」と呼びます)に名を連ねる国際プラットフォーム「Friends of Ocean Action」のレセプション。私はお声がけいただき2021年からフレンズの1人として参加していますが、コロナ禍はオンライン会議しか開催されなかったので今回初めて対面で、スウェーデン元副首相のイザベラ・ロヴィーン氏やWWFインターナショナル元事務局長のジム・リープ氏など、海と人のつながりの未来を描く、尊敬する多くのフレンズと挨拶を交わし、意見交換をすることができました。
IUU漁業対策において、これからの日本にとって大切なのは、世界潮流の対応に追われるポジションから、未来世代のための新たな世界潮流をリーダー諸国と共創し周囲を巻き込むポジションへのトランジションだと、私は考えます。日本で政府・業界・市民セクターをつなぐ役割を担う私がこの様な多くの国際連携の場に招待されるのも、国際社会の日本への期待によるものに他なりません。日本の水産業界にとっても、この流れを掴むことが残された数少ない生存戦略と言っても過言ではないでしょうか。日本がその道を進むには政府・業界・市民セクターの連携が不可欠で、各セクターで本気で課題解決に取り組む熱の高い方々が歯車を噛み合わせることで加速度を上げていくことができると、私は信じています。
3. UNOCでの日本の市民セクターの動き
UNOCで話し合われたのは、乱獲・IUU漁業・人権侵害の対策と持続可能な漁業の追求だけではありません。プラスチック・海洋汚染対策、海洋酸性化・脱酸素化・海洋温暖化の最小化、海洋生態系の管理・保護・保全・回復、科学的知識の向上、国際法の実施による海洋及びその資源の保全と持続的活用の強化、持続可能な海洋を基盤とする経済の促進と強化、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」と他の目標との相互連携、などをテーマとした多くのセッションが開かれました。
日本からは、IUU漁業対策フォーラムのメンバーでもあるセイラーズ・フォー・ザ・シー日本支局の井植美奈子さんが、日本が17のSDGの中で取り組みが最も遅れていると評価される海洋とジェンダーの両方をテーマにしたセッションを主催・ご登壇されました。また、東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)の共同主催者である日経ESGの藤田香さんが「2025年大阪・関西万博に向けた海洋保全に対する日本からの提言」という海洋プラスチック汚染対策を中心としたセッションをモデレートされました。井植さんや藤田さんのUNOCでのご活躍を拝見し、また刺激とエネルギーをいただきました。
UNOCで得たキーメッセージ
1. 大事なのはプロジェクトの量ではなくプログレスの質
「SDGs 目標14を掲げるプロジェクトは世界に無数に立ち上げられるが、大事なのはプロジェクトの量ではなくプログレスの質であり、それにはパートナーシップ体制の構築が欠かせない」との指摘が多くのセッションでありました。IUU漁業対策においても、国際連携はもちろんですが、日本国内のビジネス・ステークホルダー間の動きを考えても、水産資源の枯渇や海洋生態系の破壊は健全な経済競争の根幹を揺るがすリスクであり、そのリスクヘッジの努力に成果を伴わせるためには、同じ水産資源を基にビジネスを行う競合他社やサプライチェーン上の企業とこそ非競争連携体制を構築していくことが欠かせません。また、目標数値と期間を定め、バックキャストして活動計画を立て、科学に基づいて進捗を確認・修正するプロセスは、日本で成果を出す上で特に強化が必要な部分と言えるでしょう。
2. Ocean Knowledge to Ocean Action(知識を行動に移そう)
「Ocean Knowledge to Ocean Action(知識を行動に移そう)」の掛け声が登壇者から上がったことも、私が参加した多くのセッションに共通したことです。ここでいう知識は、現場の勘ではなくデータに基づく科学的なもの。守るべきは一部の地域の既得権益ではなく海の恩恵を受ける世界全体の未来利益であり、科学的知識の蓄積こそが海洋環境の激変に適応し持続性を追求するアクションの基礎であり、その鍵がDXや透明性の担保にあるというもの。IUU漁業対策や水産資源管理を国内で進める上でも、国際連携の強化やリードをしていくことを考えても、日本が避けて通れない道です。
3. ”ローカルファースト”の考え方なしにはスケールアップは実現しない
「地域特性を尊重した”ローカルファースト”の考え方なしにはスケールアップは実現しない」ことも、複数のセッションで強調されました。これまで様々な海洋関連の国際会議で、各国政府は自国の地域特性の尊重を、グローバルアクションに参加しない大義名分として使ってきた一面があります。今回の会議でこの様な指摘が相次いだことは、手段は地域に任せるので成果を出せということであり、地域が主導する手段に適した国際協力体制を築こうということであり、地域特性の尊重がノーアクションの言い訳として通用していた時代の終焉を意味するものだと、私は受け取りました。