日本の水産業界 財務分析から見える今と未来

日本の水産業界 財務分析から見える今と未来

良好な収益状況の背景にあるもの


「死んだ地球ではビジネスはできない」


これは米国の環境NGOシェラクラブ元理事長であるデイビッド・ブラウワー氏の言葉です。この言葉を表すかのように、海洋環境の悪化が日本の水産業界に影響を与えつつあることを示唆する報告書が出されました。

それが、2021年3月、イギリスの非営利金融シンクタンク、プラネット・トラッカー(Planet Tracker)が、2010年から2019年を対象に、東京証券取引所に上場する水産関連企業70社の財務状況を調査した報告書『AGAINST THE TIDE(潮流に抗う)』です。

調査の結果、同期間中の売上、利益、自己資本は増加傾向にあることがわかりました(2020年はコロナによる影響が大きいため対象外)。



主な分析結果

  • 海外資産の割合は2010年から2019年の間にほぼ倍増し、平均で10%に達した
  • 海外での売り上げは好調な為替相場の変動も相まって平均で年間2.1%増加
  • M&Aはこの成長に11%程度寄与したと想定される
  • 企業が投資を強化(天然漁業の縮小や多くの場合水産物関連事業の縮小)したことから、売上に占める設備投資の割合は60%増加し、EBIT(利息および税引前)マージンは30ベーシスポイントと僅かに低下

(『潮流に抗う』より抜粋引用)


しかし、周知の通り、海洋資源状況の悪化を受け、魚介類の生産量は右肩下りであり、水産物の需要、消費量、輸入量、養殖量も軒並み下がっています。


日本の水産業界 財務分析から見える今と未来
水産物生産量、輸入量、1人当たり消費量  (出典:OECD, COMTRADE (2020)


出典:『AGAINST THE TIDE』, 2021, Planet Tracker, p19
オレンジ色(左上):天然、青緑色(右上):養殖、深い緑色(左下):輸入(いずれも単位は1000トン)
クリーム色(折線):消費量(人口あたり、kg)



また、水産業界の生産者、流通・卸売業者それぞれの粗利益率を食品全般のそれらと比較したものを見ると半分以下であることがわかります。


日本の水産業界 財務分析から見える今と未来
2019年サブセクター別の粗利益率比較(出典:FactSet (2020))

出典:『AGAINST THE TIDE』, 2021, Planet Tracker, p19
右:流通・卸売業者 左:生産者
青緑色:水産業界 オレンジ色:食品業界


このように、水産業界は他の食品業界と比べると財務業況が悪化していることがみてとれます。

ではなぜ利益を向上させることができたのでしょうか。



本質的な改善策とは


プラネット・トラッカーはその理由は、垂直統合や生産外費用(減価償却費を除く)の対売上比率を下げるといった経費削減などによるものと分析しています。つまり、水産資源の減少など自然資本の悪化を多大な経営努力によって相殺している状況で、実際には水産業界の財務状況は水産資源の悪化の影響を大きく受けていると考えられます。

今後も「海外事業の拡大や追加的な事業買収といった財務的アプローチによる成長は可能」としながらも「利息費用を引き下げるために負債水準をこれ以上大幅に引き下げることはできず、垂直統合と経費削減にも限度がある」と指摘。このままの状況では水産業界への投資はリスクになってしまう可能性があります。

ではどうすればこの状況を回避できるのでしょうか。

プラネット・トラッカーは問題の解決方法として、水産セクター、金融セクター、公的機関、それぞれが取るべき対応を提案しています。

たとえば、水産セクターには「混獲とゴーストフィッシングの削減に加え、閉鎖循環式養殖システムの運営、サステナブルな水産飼料、植物由来の水産物、人工水産物、信頼できる認証され た商品の開発」を、金融セクターには、水産資源の保全を行わないことによる収益の低下を理解し、「収益・利益・キャッシュフローの成長戦略と自然資本の制約を調和させる方法について企業と連携を図る」こと、そして公的機関に対しては、科学に基づいた漁獲資源の管理や企業に対する水産物の生産量開示の促進などを挙げています。



地球が許容できる範囲内でのビジネスを


プラネット・トラッカーは、資本市場をプラネタリー・バウンダリーに対応させること、つまり地球環境が許容できる範囲内でビジネスが行われるようになることをめざして活動を行っています。許容範囲を超えたビジネスは「リスク」であり、投資家にとっては「損失」になるためです。そこで環境と金融に関する情報分析を伝え、金融セクターを変革することで環境破壊と投資リスクの両方を避けることを使命としており、今回の報告書も日本の水産業界だけではなく、投資家にも向けた警鐘と言えます。

日本の水産業界、そして投資家や公的機関がこの報告書の警鐘をどう受け止め、行動するか。日本の水産業の今と未来を描く指南書と言えそうです。


(参考)
Planet Tracker https://planet-tracker.org/


報告書のダウンロードはこちら(日本語版のエグゼクティブサマリーもあります)
https://planet-tracker.org/tracker-programmes/oceans/seafood/



ゴーストフィッシング:水中に放出・廃棄・投棄された漁具が意図せずに魚介類に危害を与えている現象のこと。幽霊漁業とも呼ばれる。水産資源や生態系への影響が懸念されている。

プラネタリー・バウンダリー(地球の限界/Planetary Boundary):気候変動、海洋酸性化、成層圏オゾンの破壊、窒素とリンの循環、グローバルな淡水利用、土地利用変化、生物多様性の損失、大気エアロゾルの負荷、化学物質による汚染の9つの分野について、それぞれの環境許容量を科学的に示したもの。2009年にストックホルム・レジリエンス・センター所長ロックストロームらにより開発された概念。

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