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環境関連情報開示の国際潮流を学び、開示のメリットを考える(2/2)

2024年5月15日に、東京サステナブルシーフード・サミット2024 に向けたFinance & Disclosureセミナーシリーズの第2回目「水産企業が環境関連情報開示をするメリットと国際潮流」を開催しました。レポート前半では、情報開示の世界の最新トレンドを解説。後半(本レポート)では金融機関が水産企業に期待すること、日本で情報開示が進むために必要なことをまとめました。

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金融機関が水産企業に期待することとは

続いてWWF USマネージャー・ブルーファイナンス(オーシャンESG)のローレン・リンチさんが、「機関投資家や格付機関は企業の情報開示をどのように評価するのか」と題しプレゼンを行いました。


WWFは世界の民間の水産企業150社とパートナーシップを結んでいます。


WWFは水産業界に金融機関や機関投資家との連携に向け、様々な活動を展開してきました。その中で感じることは、この5年間で金融機関の自然への関心が非常に高まり、自然資本に依存する水産企業に対しては、気候変動に関連する影響やそのリスクの開示だけでなく更なる情報の開示を期待しているということです。


金融機関や機関投資家、NGOが水産企業のESG開示を求める背景

金融機関が自然への関心を高めている理由としては、地球規模での生物多様性と自然の喪失が挙げられます。これは科学的にも明らかで、このまま企業が今の形で事業を継続させた場合、生物多様性は失われてしまいます。


近年さまざまなステークホルダーがその現実を認識し始めており、世界経済フォーラムでも、生物多様性の損失や気候変動対策の失敗がリスクとされています。


解決のためには各ステークホルダーの協力が必要で、現在、政府・企業・金融機関がTNFDのような新たな規制を通じて、こうしたリスクへの対応に懸命に取り組んでいます。企業にとっては自然リスクを明確に理解する過程で事業規模拡大が遅くなってしまうということもありますが、自然への影響や依存から生じるリスクあるいは機会を十分理解しそのために情報を開示することが重要です。


ですが現実的には全ての情報を開示することは難しく、その情報格差がネイチャー・ネガティブな事業活動への継続的な投資につながっています。


UNEP(国連環境計画)が昨年発表した自然に対する金融の現状のレポートによると、ネイチャー・ネガティブ(自然に対し悪影響を及ぼす)な事業活動には年間7兆ドル(赤い四角)が投資されている一方で、自然を基盤とした解決策への投資は2,000億ドルしかありませんでした。




このような現実から、金融機関は自然関連のリスクや影響を理解し、これらの問題に積極的に取り組むために企業と協力する必要性を強調するようになったのです。


ブルー・エコノミーの価値はおよそ24兆ドルとされていますが、乱獲、生息地の破壊などネイチャー・ネガティブな活動がもたらす最大損失額は、今後15年間でおよそ8.4兆ドルにのぼるとされています。


乱獲、生息地の破壊は生産性を低下させ、サプライチェーンの不安定化や製品不足を招きます。そして、不透明なサプライチェーンでは人権・労働の問題の違法性が隠蔽される可能性があります。
このようなリスクを正確に把握し、投融資するために、銀行や投資機関は企業に対して情報開示を求めています。WWFはこの10年間、水産企業による以下の4点の取り組みを重点的にサポートしてきました。その中で金融機関が水産企業に対して期待しているコミットメントをまとめました。


①認証取得
期限付きで、IUU漁業や人権侵害、絶滅危惧種などの重要な問題にどのように取り組んでいるかを具体的に示していること。ASC、MSC認証のような世界基準に適合していること。


②トレーサビリティ
期限付きで、企業が扱う魚種、飼料、原料が100%追跡可能であること。デジタルかつ相互運用可能なシステムがあること。GDSTのような世界基準に適合していること。
例:Wholefoods、Thai Union、Metro AG、Sysco


③透明性のある進捗報告
進捗状況が定期的に更新されること。
例:Kroger USのESG年次レポート(Webサイトで毎年更新)


④検証
第三者による独立した評価を受けること。
例:Ahold Delhaize の2022年度年次報告書(会計事務所プライスウォーターハウスクーパースによる第三者保証を受けている)


さらに昨年から去年の間に金融機関の策定する方針やフレームワークの中で「IUU漁業」「絶滅危惧種」などの言葉が使われる頻度が増えたり、WWFの調査によるとサステナビリティ・リンク・ローンなどの海洋に関する金融商品に興味のある銀行の数が2022年の7行(17%)から2023年には11行(28%)に増えました。


このように金融機関が水産業の課題に対する興味が大きく高まっている中で、野心的で強固な情報開示をすれば水産企業にとって大きなアドバンテージとなるでしょう。



実現が難しいからと情報を開示しないのは、「何もしていない」のと等しい

最後に、WWFジャパン 前川聡さんと髙橋諒が、「日本の水産企業の情報開示によるステークホルダーとの協業関係の構築について」と題しディスカッションを行いました。




国際的な情報開示の潮流、金融機関からの水産企業のサステナビリティの取り組みへの期待感がある一方で、日本企業の情報開示は難航しています。


これは日本企業の多くが、様々な水産物を世界中から調達しており、どこから取り組みを始めるべきか、具体的に何をしたら良いのかがわかりにくいためです。しかし、TNFDなどのフレームワークを自己診断ツールを活用すれば、魚種、漁法などによるリスクを把握し、リスクや課題を発見できます。


そして、社外(サプライチェーン上のステークホルダー、NGO、コンサル企業などサプライチェーン上ではないけれども重要なステークホルダー)や、社内で対話を重ね、協力体制を構築します。


そして、野心的な目標を設定し、優先順位をつけて取り組みを進めること、定期的に情報開示をすることが重要です。この時、達成できない、あるいは達成が難しいと予想されることを理由に情報開示をしないと、せっかく取り組みを進めても社会からは「何もしていないに等しい」と判断され、大きな機会損失となります。


サステナビリティを推進するには、自社だけでは取り組めないことが多々あります。例えばサプライチェーンの中流にある企業だけが頑張ったとしても、上流に理解を求めるのが難しい、下流に繋がらないという状況も多々あります。重要なのは、野心的で明確な目標を設定し、サプライチェーン上のステークホルダーに目標を共有することで、目標達成に向けて協業して達成に向けて進めていくということです。


水産業に限らず、欧米、特にヨーロッパでは投融資やESG投資の規制、環境整備が進んでいます。サステナビリティの取り組みは長期戦です。今から対応を進めることでステークホルダーとより強固な関係性を築き、サプライチェーン上の問題解決に向けて動き出すことが日本の水産企業にとって求められるステークホルダーとの協業体制なのではないでしょうか。

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