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日本の金融機関の成長・課題と、世界の先進事例

2024年に10回目の節目を迎える東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)。その主催者であるシーフードレガシーは、2030年に向けて「サステナブル・シーフードを日本の水産流通の主流に」という目標を掲げています。さらに、この目標達成を目指して、水産企業と金融機関がいかに協働できるかを共に考えるべく、「ROAD to TSSS2024 サステナブルシーフード・ファイナンス&ディスクロージャー・セミナー」を4回シリーズで開催しています。


WWFジャパンと共催した第3回、2024年7月3日のセミナー「金融機関における持続可能な水産業に関する投融資方針策定の動き」では、国内外の、サステナブル・シーフードに重点を置いたブルー・ファイナンスの潮流について議論しました。


登壇者:
「サステナブルシーフード・ファイナンスの国際潮流」
 WWFジャパン 自然保護室 海洋水産グループ長 前川 聡


「先進金融機関のサステナブルシーフード投融資方針(仮)」
スタンダードチャータード銀行 環境・社会リスクマネジメント  レイチェル・ハリス


パネルディスカッション「日本で期待されるサステナブルシーフード・ファイナンスの動き」 
前川 聡(同上)、レイチェル・ハリス(同上)、藤田 香(日経ESGシニアエディター、兼、東北大学グリーン未来創造機構・大学院生命科学研究科教授)、 花岡 和佳男(株式会社シーフードレガシー代表取締役社長 )



生物多様性リスク認識は銀行が投融資機関を上回る

水産業には気候変動による海洋環境の変化や人権侵害など様々なリスクが存在します。特に日本は主要な水産物の生産国、消費国であるため、こうしたリスクを取り除き、持続可能な水産業を牽引する責任を負っています。これは水産企業だけでなく投融資をする金融業界も同様ですが、日本の金融機関は世界の他の金融機関と比べてどの程度取り組みが進んでいるのでしょうか?

そこでWWFは今年、世界の銀行による持続可能性の取り組みを評価する「SUSBA(サスバ)」と、世界の資産運用会社による持続可能性の取り組みを評価する「RESPOND(レスポンド)」という、二つのレポートの最新版を公開しました。それぞれ一般的なESGに関わる取り組みを評価するメインレポートと、水産物に特化したシーフードレポートの2種類があります。

シーフードレポートでは、SUSBAでは9社、RESPONDでは13社の日本の金融機関も評価対象となっています。投融資機関のコミットメントとして、水産セクターにどのようなアプローチを行なっているか、また、クライアントである水産事業者にどのような要請をしているかなどによって評価されています。



©︎WWFジャパン


レポートによると、まず銀行について、アジアの銀行はヨーロッパに比べてまだ取り組みが進んでいないものの確実に改善が見られると評価されました。全体の27%が生物多様性に対するリスクを投融資方針に記載していない一方で、30%が水産物に関する方針を策定し、25%がその方針を公開。40の銀行のうち9行に改善が見られました。



©︎WWFジャパン


資産運用会社については、生物多様性に関して何らかのリスクを認識し、それに対して対応していくという声明を出している会社が76%から83%に増えていることが評価された一方、水産業に関して何らかのリスクを認識している会社が銀行に比べて少ないことに懸念が示されました。



©︎WWFジャパン


前川さんは、「国連の持続可能なブルーエコノミー金融イニシアティブ」に日本の金融機関も署名・参加し、策定されたガイダンスに沿って金融機関独自のESGおよび持続可能な水産業に関するポリシーを強化することを期待したいと呼びかけました。


金融の先進事例:E&Sに関するリスクマネジメントポリシーを基本方針に追加

ロンドンに本拠を置き、世界70ヵ国に事業ネットワークを展開する世界的な銀行金融グループ、スタンダードチャータード銀行。環境・社会(E&S)リスク管理を担当しているレイチェル・ハリスさんは、社内でもE&Sはとても重要な分野になっていると言います。

同行はE&Sに関するリスクマネジメントポリシーを、基本方針を表明するポジションステートメントに盛り込み、公式ウェブサイトで公開しています。気候変動、人権、自然に関して基準を設け、クライアントを評価。水産業に特化したポジションステートメントもあり、内容は常にアップデートされ、どういった主要なリスクがあるのか、企業が競争力を保つために何をしなければいけないのかを含めて、NGOや国際機関の規則なども参照しながら策定を行なっています。そして2024年に新たなポジションステートメントを公開しました(下図)。




ポジションステートメントでは、どのような基準があり、実際どのように評価しているかを細かく記載し公表しています。内容を細かく公表しているのは、ヨーロッパやアメリカではグリーンウォッシュでないかどうかが重要視されるため、透明性を高くしておく必要があるからです。

そして評価をするだけではなく、クライアントがサステナビリティへの取り組みを推進するために、どのような支援ができるかということも考えています。サービス提供をしない場合の基準とサービス提供をするために満たさなければいけない基準、ゆくゆくは満たすべき任意の基準を設け、基準を満たすための期限を設けた計画をクライアントに立ててもらい、スタンダードチャータード銀行が達成のための支援を行います。また、クライアントに対して推奨するベストプラクティスも設定し、実施されていない企業に対しては近い将来導入してほしいという形で対話を行なっています。

養殖と天然漁業に関するポジションステートメントも今年アップデート。生物多様性に破壊的な影響を与える漁業に対してサポートを行わないこと、サービスを提供するために満たさなければいけない基準、今後達成してほしい基準などについて記載しています。今年は満たさなければならない基準として新たに、サプライチェーンのトレーサビリティーのマッピングや、養殖魚が外に逃げ出さないための取り組みなどにが記載されました(こちら)。また養殖を行う上で推奨する基準として、FARMS Initiativeが定める基準を適用することを盛り込みました。


日本で期待されるサステナブルシーフード・ファイナンスの動き

セミナーの後半は、前川さん、ハリスさん、藤田香さん(日経ESGシニアエディター、兼、東北大学グリーン未来創造機構・大学院生命科学研究科教授)によるパネルディスカッションを行いました。シーフードレガシー代表取締役の花岡和佳男がファシリテーターを務めました。

藤田さんは、これまで行なってきたTSSSや、TNFDの開示、陸上養殖などをきっかけに海に関心を持つ金融機関や事業会社が増えた一方で、天然魚のトレーサビリティなどについてはまだ一般消費者も含めて意識が低いことを指摘しました。日本の事業会社も資源管理に取り組んではいるものの、WWFによるSUSBAやRESPOND、スタンダードチャータード銀行の取り組みが、日本の金融機関や事業会社にとってモデルケースや道標となればと言います。一方で、日本は地域の中小規模の漁業者も多いことから、金融機関はグローバルな取り組みを支援するだけではなく、地域の水産業を支援するための基準を策定したり融資をしたりする活動も求められる。小規模多品種を扱うアジア的な水産業を支援するソリューションづくりもぜひ進めていただきたいと話しました。

前川さんは、東邦銀行が2024年6月の株主総会で水産業を含むサステナブル投融資方針を発表したり、みずほフィナンシャルグループがIUU漁業を含む水産業の環境・社会上のリスクに適切な対応が見られないクライアントに対する投融資の停止を明記するなど、日本の金融機関でもサステナブル・シーフードの取り組みに対する投融資に向けた動きが見られることを評価しました。一方で今後の課題として、投融資方針をつくることで今までグレーだった部分をなくさなければならないなど経営判断の難しさが出てくること、日本独特の水産業界のマナーがある中で投資方針を実際にどう運用していくのか検討していく必要があることを指摘しました。

ハリスさんは今後の銀行としての取り組みについて、まずはTNFDへの参加がここ数年の大きなタスクになること、また、これまで気候変動が主な課題だったのが、今後はネイチャー全体に関わることによってやるべきことが増えていくと指摘します。生物多様性の問題や水の枯渇、気候変動との相関関係なども含めてポートフォリオを作成し、TNFDの基準に合わせた開示をしていかなければならないと話しました。



今回のセミナーでは世界規模での流れをご紹介しましたが、日本においてサステナブル・シーフードに重点を置いたブルー・ファイナンスが発展するには何が必要なのでしょうか。

日本の水産業、漁業を振り返ってみると、多くの地域において高齢化や若年層の減少、それに伴う地域経済の衰退などが課題となっています。世界レベルで展開する大規模な水産企業、そしてそれに投融資する大規模な金融機関であれば、このような水産現場の実態の理解を深め、期限を決めながら水産企業をサポートしていくことが必要でしょう。一方、日本の漁業者の9割*を占める沿岸漁業が行われている地方では、地方銀行が、国際的な枠組みとダブルスタンダードにならないように留意しつつ、地方経済がボトムアップできるような、その地域にあった基準づくりをすることが必要です。


農林水産省 令和4年漁業構造動態調査結果より

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