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持続可能なマグロ類調達の鍵となるMSC認証 ――2024 責任あるマグロ類調達シンポジウムレポート①

シーフードレガシーは2030年に向けて「サステナブル・シーフードを日本の水産流通の主流に」という目標を掲げています。目標達成に向けて、特に鍵となる魚種であるマグロ類について、ステークホルダーが今の課題を整理したうえでいかに協働して取り組めるかを議論するために、2024年10月に開催予定の東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2024)に先立ち、6月7日、「ROAD to TSSS2024  責任あるマグロ類調達シンポジウム」を開催しました。


開会に際し、シーフードレガシー代表取締役の花岡和佳男は、「今年TSSSが10回目の節目を迎える。これまでは、サステナビリティをいかに日本の水産業界に浸透させていくかに焦点を置いていたが、これからは日本のイニシアティブにより、アジア圏や世界の水産システムの改善にも貢献していきたい」と抱負を語りました。 


本編では、持続可能なカツオ・マグロ類調達の鍵となるMSC認証を中心に議論されたセッションについて報告します。


セッション1の登壇者
モデレーター:
・植松 周平 WWFジャパン(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン) 自然保護室 海洋水産グループ IUU漁業対策マネージャー 兼 水産資源管理マネージャー
パネリスト:
・前橋 知之 共和水産株式会社 取締役 会長執行役員
・松永 賢治 株式会社 明豊 代表取締役社長
・松本 哲 日本生活協同組合連合会 ブランド戦略本部サステナビリティ戦略室
・ジェラルド・ディナルド博士(Dr. Gerard DiNardo)  SCS Global Services MSCフィッシャリー シニア・テクニカル・スペシャリスト



マグロ類の資源管理の経緯と現状

セッションに先立ち、水産庁資源管理部審議官の福田工さんは、基調講演として、マグロ類の資源管理における国際的な課題と今後の方向性、そして日本のこれまでの取り組みについて概説しました。

マグロ・カツオ類には、主に刺身商材として使われるクロマグロ、ミナミマグロ、メバチから、缶詰原料としての使用が多いビンナガ、カツオまで、多様な種があります。また漁法も、はえ縄漁業、日本伝統の一本釣漁業、まき網漁業など、さまざまな漁法があります。そのため、資源管理にあたっては、魚種、海域、漁法ごとに管理を考えていく必要があります。


左:世界のマグロ・カツオ類の漁獲量の推移(資料:FAO統計)、右:魚種別マグロ・カツオ類の漁獲量(資料:FAO統計)



世界のマグロ・カツオ類の漁獲量は、過去50年間で約3倍に増えており、上昇傾向が続いています。魚種別に見ると、カツオとキハダが圧倒的に多く、メバチ、クロマグロ、ミナミマグロはそれほど多くありません。

マグロ類は高度回遊性魚種であるため、国連海洋法条約などに基づき、地域漁業管理機関(RFMO)が設置され、関係国の話し合いで資源管理が決定・実施されています。




(資料提供:WWFジャパン)



福田審議官は、RFMOでの議論が活発化している議題として、①管理方式、②漁獲証明制度、③電子モニタリング、④漁獲機会の配分・割当のあり方、⑤漁船労働基準の5つを挙げ、「日本は大きな市場国であり、マグロ類の主要漁業国。これらの課題への対応について、活発な議論や助言をいただきたい」と述べました。



持続可能なマグロ製品の現状と漁業者の取り組み

各海域のRFMOの努力により、世界のマグロ類の資源状態はおおむね回復してきており、特に太平洋クロマグロには著しい回復傾向が見られます。



最新のマグロ資源状況(資料:ISSF)



日本は世界有数のマグロ漁獲国かつ消費国であり、モデレーターを務めたWWFジャパンの植松周平さんは「世界のマグロ資源の維持における日本の役割と責任は大きい」と強調しました。



モデレーターを務めたWWFジャパンの植松周平さん


近年、企業や団体が直接RFMOの国際交渉に働きかける動きが見られ、持続可能な漁業管理を証明するMSC認証も重要性を増しています。世界のマグロ類の53%がMSC認証と関与しているとされ(2023年時点)、日本でも13団体、26系群で認証を取得していますが、さらなる拡大の余地があります。

最新の取り組みとして、共和水産と明豊がカツオ・キハダまき網漁船でMSC認証を取得しました。2社で日本のカツオ漁獲量の約14%を占める両社の影響力が注目されます。

共和水産取締役会長執行役員の前橋知之さんは、認証取得の背景として資源の持続可能性への期待と説明責任を挙げ、「資源が持続的に使えるという状況がなければ、当然投資もできない。また、自分たちが日々やっていることを認証という形できちんと説明していきたい」と語りました。


 


左:共和水産株式会社 取締役会長 執行役員 前橋知之さん。右:株式会社明豊 代表取締役社長 松永賢治さん



明豊の松永賢治社長は、「適切な管理をすれば、間違いなく魚は増える。大きなくくりで適切なルールを作って、漁業者を見守っていただければ、これからもずっと魚を獲り続けられる」と述べ、持続可能な漁業への取り組みの重要性を強調しました。



MSC認証マグロの商品化への課題

日本生活協同組合連合会(日生協)は持続可能な社会の実現を目指し、2030年までに水産主原料商品の半分以上にエコラベルを付けることを目標としています。

マグロやカツオを主原料とした商品を約100品目扱っていますが、「品質や価格の面でも非認証の原料の方が選択肢が広く、国内のCoC認証取得業者が少ないことや認証を取得したマグロの流通量が不足している。」と日生協の松本さんは指摘します。加えて、各生協で人気のネギトロ丼など、端材を利用して価格を抑えた商品では原料をすべてMSC認証を取得したマグロに切り替えることが難しく、“ふだんのくらし”というコープ商品の大きなコンセプトに合致した商品開発が課題となっていると松本さんは説明しました。



マグロ・カツオ類を原料としたCOOP商品(資料提供:日本生活協同組合連合会)



松本さんは、日生協の国際的な漁業管理への働きかけにも触れ、ノルウェー産大西洋サバの認証停止時は事後的な対応となった反省から、より早い段階から関係者と協力して取り組む必要があると強調しました。マグロに関しては、WWFジャパンからの呼びかけを受け、2022年以降中西部太平洋まぐろ類委員会の年次会合への要望書への賛同など国際的な取り組みに参加しています。松本さんは、「一企業や組織だけでは取り組みにくいことについて、NGOからの呼びかけはありがたく、今後も協力してやっていきたい」と述べました。



日本生活協同組合連合会 ブランド戦略本部サステナビリティ戦略室の松本哲さん



MSC認証をめぐる状況と最近の動き

SCSグローバルサービスのジェラルド・ディナルド博士は、水産物認証プログラムが立ち上がった背景として、「現在の漁業管理の基本的な概念は健全で堅固であるものの、管理ツールの不適切な適用と実施、およびコンプライアンスの欠如により、漁業が効果的に管理されておらず、持続可能とみなされない結果となっている」と説明しました。


SCSグローバルサービスMSC漁業シニア・テクニカル・スペシャリストのジェラルド・ディナルド博士(手前)



数多くある水産物認証の中でも、海洋管理協議会(Marine Stewardship Council, MSC)によるMSC認証は、漁業と海洋の健全性に対する効果に焦点を当てた基準に基づいて最高ランクと評価されています。2024年2月時点で世界のマグロ漁獲量の47%がMSC認証プロセスに関わっており、34%が実際に認証を受けています。

MSC認証は資源の持続可能性、漁業が生態系に与える影響、漁業の管理システムの3原則に基づいて評価され、認証プロセスには通常1年半ほどかかります。

最近の変更点として、セクションSEの導入が挙げられます。これは、カツオ、メバチなどの持続可能性に関するMSC認証要件完了のタイムラインをRFMOの漁獲戦略および資源評価実施計画と合わせるものです。また、新しいMSC基準バージョン3.0も段階的に適用されています。新基準では、海上での監査体制実施の割合を操業全体の30%を最低ラインとするなど、より厳しい要件が導入され、2026年から2030年にかけて段階的に適用される見込みですが、一部の要件については現在も再検討中です。

 


右:MSC認証マグロの種類別トン数、右:国別の一人当たりのMSCラベル付き水産物消費(資料提供:SCS Global Service)



ディナルド博士は「他のマグロ市場と比較して、なぜ日本ではMSC認証を取得しているはえ縄漁業が少ないのか?」「日本ではマグロ消費量が多いにもかかわらず、なぜ他国と比べて一人当たりのMSC認証マグロ製品の消費量が少ないのか?」と疑問を投げかけ、日本の水産業界にとっての重要な検討課題を提示しました。


なぜ、日本ではまだMSC認証が少ないのか?

質疑応答の時間には、会場から、MSC認証商品と非認証商品の価格差について質問があり、松永さんは、「高コストで獲ってきたMSC商品を、低価格の一番安いものと比較されがちだ」と述べ、比較の不適切さを指摘しました。また、松本さんは、「端材利用で工夫した商品を提供しているので、MSC認証の原料を使おうとすると、まだ調達量が少なく、どうしても価格差が出る」と説明したうえで、バイヤーや消費者に対しては、単に認証を取得しただけでは価格上昇を正当化しづらく、味や品質での差別化、パッケージの工夫など、付加価値を高める努力が必要だと指摘しました。

また、ディナルド博士が投げかけた問いから、日本で多く生産され消費されているにもかかわらず、なぜマグロ類のMSC認証がまだ少ないのかについて、活発な議論が行われました。会場から、小規模漁業者が多いことが理由として挙げられ、MSC認証取得のコストが高く、大企業にしか対応できない仕組みになっているのではないかという懸念が示されました。前橋さんは太平洋クロマグロのMSC認証取得への挑戦も検討したいとし、ディナルド博士は、他国で小規模漁業者が協同組合を形成してMSC認証を取得した例を紹介しました。



会場から熱心な質問が相次いだ質疑応答の時間



これに対し、日本ではグループ認証が普及していない現状が会場から指摘され、モデレーターの植松さんは、共和水産と明豊の共同認証取得や、カツオ一本釣りでの県をまたいだグループ認証の例を紹介し、小規模漁業者でもMSC認証取得の可能性があることを示唆しました。これらの議論を通じて、日本の水産業界におけるMSC認証普及の課題と対策の方向性が浮き彫りになりました。



日本の水産業の衰退状況を打破するには

最後に、モデレーターの植松さんが「日本の水産業が衰退していると言われる状況を打破するために、今後どうすればよいか」と問いかけ、各パネリストは、「科学的な資源管理に取り組むことが重要。我々は商品事業や消費者への普及啓発を通じてそれを応援したい」(松本さん)、「日本では安さを重視しすぎる傾向がある。認証商品の価値を理解し、適正な価格で購入する文化を育てる必要がある。漁業者、加工業者、流通業者、消費者の連携が重要」(松永さん)、「MSC認証を通じて説明責任を果たすことが大切。付加価値をつけるのは難しいが、資源の持続性のために自己点検は常に必要。漁業の現状や取り組みを消費者に理解してもらうことが重要」(前橋さん)と述べました。

また、ディナルド博士は、「小規模漁業が多い日本の現状では、MSC認証取得は高コストで難しいプロセスなので、グループ認証が一つの方法となる。そこで問題となるのは漁業者同士の協力、そして、日本政府と小売がそれを支援するかどうかだ」と述べました。また、マーケティング手法の改善も重要と指摘し、「アメリカではサステナブルな水産物のみを販売する小売店がある」と語りました。

植松さんは、「持続可能な漁業、マグロ漁業を維持するためには、漁業者、小売だけでなく、消費者、メディアなど、様々なステークホルダーが協力して、問題を直視して改善のために行動していく必要がある」と述べ、このセッションをしめくくりました。 


セッション2「マグロのサプライチェーンに潜む人権侵害」のレポートはこちら

セッション3「マグロサプライチェーンの電子モニタリングの課題」のレポートはこちら

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