マグロサプライチェーンの電子モニタリングの課題 ――2024 責任あるマグロ類調達シンポジウムレポート③
シーフードレガシーは2030年に向けて「サステナブル・シーフードを日本の水産流通の主流に」という目標を掲げています。とくに、目標達成のカギとなる魚種であるマグロ類について、ステークホルダーがいかに協働して課題に取り組めるかを議論するために、TSSS2024に先立つ6月7日、「ROAD to TSSS2024 責任あるマグロ類調達シンポジウム」が開催されました。
本セッションでは、NGOのエキスパートや漁業者が、マグロサプライチェーンの電子モニタリングの可能性と課題について議論しました。
セッション3の登壇者(敬称略)
モデレーター:
桑田 由紀子 株式会社シーフードレガシーセクター連携推進部チーフ兼IUUフォーラムジャパンコーディネーター
パネリスト:
ガンサー・エリホルト グローバル・ツナ・アライアンス(GTA)日本代表
ロブ・ジョンソン ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)シニア・コーポレートエンゲージメント・アドバイザー、フィッシャリーズ&アクアカルチャー
臼井 壯太朗 株式会社臼福本店 代表取締役社長
レネー・ペリー カルナリ・コラボレーションズ(CCL)バイスプレジデント(CSR、ESG担当)
マグロ資源管理のための電子モニタリングの導入
地域漁業管理機関(RFMO)でのマグロ資源管理には、科学的データの収集と規制などの遵守状況のモニタリングが不可欠です。このために、実際に漁船の操業時に一定の割合でオブザーバー(監視員)が乗船し、漁獲物や混獲に関する操業記録の取得が義務付けられてきましたが、人材確保やコスト面での課題がありました。これを解決するため、近年開発された電子モニタリング(Electric Monitoring、以下EM)が注目されています。
EMは船上のビデオカメラ等を活用して漁業活動を追跡・検証するシステム(資料提供:TNC)
EMでは船上に設置された複数のカメラにより船上の映像を録画し、そのデータをハードディスクに保存し、陸上で解析します。人間のオブザーバーの補完や代替としてEMの導入が検討されており、その実施に向けた議論が本格化していることは、本シンポジウム冒頭の基調講演でも言及されました。
モデレーターを務めたシーフードレガシーの桑田由紀子は、「すでにEMに関わっている、異なる立場の専門家の皆さんから生の声を聴きたい」と述べて、まず、米国の水産物の輸入流通業者であるカルナリー・コラボレーションズ(CCL)のレネー・ペリーさんのビデオメッセージを紹介しました。
ペリーさんは、サプライチェーン全体での持続可能性とトレーサビリティの重要性を強調し、様々なイニシアティブへの参加や、グローバル・ツナ・アライアンス(GTA)とのパートナーシップなど、CCLの取り組みを紹介しました。EMについては、高い初期費用やプライバシーの問題などがあるものの、コンプライアンスやトレーサビリティの向上、正確なデータの収集のメリットがあることを強調しました。
EMのメリットとデメリット(資料提供:CCL)
グローバル・ツナ・アライアンスの取り組み
GTAは、持続可能なマグロ漁業の実現を目指すサプライチェーン上のプレイヤーが集まった独立機関です。透明性とトレーサビリティ、環境の持続可能性、社会的責任を3本柱とする5か年戦略を策定し、サプライチェーンの透明性確保やトレーサビリティ向上の一環として、EMの普及にも取り組んでいます。
2024年7月時点で52社が参加し、世界のマグロ漁獲量の32%に関与しています。日本からは臼福本店と明豊が参加しています。
グローバル・ツナ・アライアンスに関する数字(資料提供:GTA)
GTA日本代表のガンサー・エリホルトさんは、GTAの2つの取り組み手法を挙げました。一つは、各国への直接的関与、たとえば、提言書や会議などの手段による各国政府やRFMOへの政策提言です。また、もう一つはサプライチェーンの改善を促す関与、たとえば、GDSTの主要データ要素に従ってトレーサビリティを向上し、透明性を確保することです。
GTA日本代表 ガンサー・エリホルトさん
エリホルトさんは、企業がGTAに参加することで、マーケットの声をRFMOにまとめて届けることができ、「サプライチェーン上で共通の目標に向けて同じルールに従っている他のプレイヤーと互いに学び合える」という利点を強調しました。
違法漁業撲滅に向けたEMの加速化
米国に本拠を置く環境保護団体、ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)は、世界70カ国以上で活動し、「人のために自然を守る」というアプローチで漁業の透明性改善に取り組んでいます。TNCのロブ・ジョンソンさんは、マグロ漁業におけるEMの重要性を強調しました。
EMにより、空からの監視システムよりもさらに一歩進んだ状況把握、詳細なデータ提供、
違法な操業や強制労働の立証が可能になる(資料提供:TNC)
現在、世界の漁獲の約5分の1がIUU漁業由来であり、年間360億ドルもの不当な利益を生み出しているとみられ、世界経済に大きな損失をもたらしています。
EMを使うことによって、空からの監視システムよりもさらに一歩進んだ状況把握、詳細なデータ提供が可能になるため、乱獲を防ぎ、混獲を減らし、労働者の福祉を守ることができます。違法な操業や強制労働の立証が可能になるため、合法的で持続可能な操業が担保され、水産業界のステークホルダーは、市場に対して水産物の持続可能性を示すことができるのです。
ジョンソンさんは、「過去10年で、EMは”不可能”から”不可避”という見通しに変わり、新たな業界標準になりつつある」と述べました。テスコ、タイ・ユニオン、ウォルマートなどの大手企業が、自社サプライチェーンの水産物の100%モニタリングを目指して取り組みを進めています。
TNC シニア・コーポレートエンゲージメント・アドバイザー ロブ・ジョンソンさん
EMの課題として、コストが高いことが指摘されていますが、ジョンソンさんは、「技術的なイノベーションによって、コストは以前と比べて下がってきてており、EM導入の規模拡大の余地も出てきている」と述べました。EMの普及促進に取り組んでいるNGOとして、「日本の小売、食品業界、そしてマグロのサプライヤーの皆様をサポートしたい」と会場に呼びかけました。
日本の遠洋マグロ漁業者の取り組み
1882年創業の遠洋マグロ漁業・水産加工会社である臼福本店は、7隻の遠洋マグロ漁船を所有し、世界中で操業しています。各船に23名程度が乗船し、多くはインドネシア人の船員です。
株式会社臼福本店 代表取締役社長 臼井壯太朗さん
臼福本店の5代目社長である臼井さんは、日本の遠洋マグロ漁船が30年前の800隻から現在130隻まで減少したことを指摘しました。「それに比例して外国籍のIUU漁船がどんどん増えてきたというのが現実」と臼井さんは述べ、日本漁業の衰退への危機感をにじませます。
世界の遠洋まぐろ漁船(資料提供:臼福本店)
東日本大震災を転機に、臼福本店では3つの取り組みを進めています。1つ目は魅力的な漁業への変革です。快適な環境とWi-Fi設備を備えた新型漁船を導入し、船員にとって快適な労働環境と生活環境を整えました。2つ目は資源管理の徹底とエコラベルの取得です。TACに基づきクロマグロの漁獲量を厳しく管理し、電子タグシステムを導入したほか、MSC認証とMEL認証を取得しました。3つ目は食の大切さを伝える活動として、学校給食への気仙沼の魚の普及活動や漁船見学会を実施しています。
さらに、2023年にはEMを導入し、遠洋マグロ漁船の透明性の向上に努めています。
EMの限界と遠洋マグロ漁業の構造的課題
臼福本店はMSC基準を満たすためEMを導入しましたが、臼井さんは「ドライブレコーダーみたいなもの」と評し、解析の困難さや時間がかかることを課題として挙げ、船員のプライバシー侵害の問題にも懸念を示しました。
また、臼井さんは、遠洋マグロ漁業において、販売価格は上昇しているのに浜値が下がっている矛盾や、EUの基準では市場に受け入れられないものをはじめ、IUU漁業が疑われる水産物が日本に流入しているため認証取得やEM導入などの努力をしている「真面目な漁業者が不利益を被っている」という現状を訴えました。
GTAのエリホルトさんは、問題の適切な特定と解決の重要性を強調し、「全ての人が同じ土俵で戦えるようにすることがGTAの目標」と述べました。
モデレーターの桑田は、臼井さんの発言について、『問題提起の生の声は重要」と述べ、サプライチェーン全体での取り組みの必要性を強調しました。
モデレーターを務めたシーフードレガシーの桑田由紀子
EMの可能性とサプライチェーン全体での取り組み
マグロの資源管理におけるモニタリング要件が高まり、この分野での動きが加速しています。
ジョンソンさんは、EMと人間のオブザーバーを比較すると、人間のオブザーバーにはヒューマンエラーがありうることや船上での安全確保が難しいことを指摘しました。
また、人材確保や費用の面で大規模な普及が難しいという問題もあります。その点、EMは大規模に普及する可能性があり、ジョンソンさんは、「コストがかかっても、長期的にはマグロのサステナビリティにつながる」と主張し、EMの導入が差別化やリスク管理にも寄与すると述べました。
EMの課題と可能性についてパネルディスカッション
また、エリホルトさんは、オブザーバーが洋上で命を落としている事例を紹介し、人権の観点からもEMの重要性を指摘しました。
臼井さんは、「EMを導入している点を評価してマグロを買ってほしい」と訴え、日本のバイヤーの短期的利益追求が問題だと指摘します。臼井さんは、「適切に評価され、購入してもらえれば、漁業者側はEMも人間のオブザーバーも積極的に導入する。サプライチェーン上の評価とセットで考える必要がある」と述べました。
この議論を通じ、EMの導入にはサプライチェーン全体での取り組みが重要であることが明確になりました。
EM普及を促進するために必要なことは?
臼井さんは、「流通適正化法(※)の第二種(輸入品)にマグロを含めるべきだ」と主張し、IUU漁業に由来する水産製品の輸入や流通を防ぐ法整備の必要性を指摘しました。国際ルールを遵守する真面目な漁業者が報われない現状を強調し、日本政府の対応の遅れを批判しました。
(※)特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(通称:水産流通適正化法)
エリホルトさんは、EMに関する業界の当事者意識とグローバルな共通基準の重要性を主張しました。ジョンソンさんもこれに同意し、EMの性能についても、AIによる改善の進展を指摘しました。
臼井さんは、グローバル・フィッシング・ウォッチが提供する船舶監視システムとEMを、TACとセットにすることで、「誤魔化しを防げる」というアイデアを示し、率先してルールを守ろうとする国内漁業者が却って不利にならないよう、日本漁業の保護とサプライチェーンの透明化の両立が必要だと強調しました。
エリホルトさんは、日本の水産品の品質面での世界的な高評価を指摘しつつ、サステナビリティ面での遅れが評価を下げる可能性を警告し、国際基準への適合の重要性を強調しました。
EMを軸としたサプライチェーン協力の展望
質疑応答では、会場からRFMOにおけるEM導入基準について、現状ではインド洋まぐろ類委員会(IOTC)のみが基準を定めているという指摘に対し、パネリストから、「他のRFMOもIOTCに続く動きがあり、マーケットの勢いによりEM導入が加速している」(ジョンソン)、「全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)でも基準の策定を進めている」(エリホルト)という回答がありました。
また、サプライチェーンにおける認証水産物購入促進のための金融業界の役割についての質問に対し、ジョンソンさんはアフリカ諸国の事例を挙げ、コスト負担の分散の重要性を説明しました。
外国為替及び外国貿易法(外為法)による輸入管理の対象であるマグロを水産流通適正化法の対象にすることの効果については、臼井さんは現行法の不十分さを指摘し、新たな法整備と行政支援の必要性を強調しました。
さらに、臼井さんは日本のマグロ市場の構造的問題を指摘し、サプライチェーン全体での取り組みの重要性を訴えました。
EMへの注目が高まる中、活発な意見交換が行われました。
モデレーターの桑田は、EMの技術面についての小手先の議論ではなく、「EMを契機にサプライチェーン全体で何ができるかを考えることが重要」と強調し、セッションを終えました。
閉会に際し、本シンポジウム共催者のWWFジャパンより、自然保護室海洋水産グループ長の前川聡が、「奇しくも本日、MSCジャパンから認知度に関するプレスリリースがあり、日本のMSC認証の認知度は22%であった。世界的には50%の認知度があるので、持続可能な漁業への理解度を日本でまだまだ伸ばしていく必要がある。
今日はマグロ類調達における様々な課題や問題提起、取り組みについて情報発信がなされ、生産者だけでなく、サプライチェーン全体で取り組むこと、一企業だけでなく業界全体で協力することの重要性が指摘された。10月のTSSSでも再度議論される予定と聞く。それまでの間にも、何ができるか、誰と連携できるか、NGOをどう活用するか、などを考えていただきたいと思う」と述べてシンポジウム全体を締めくくりました。
セッション1「持続可能なマグロ類調達の鍵となるMSC認証」のレポートはこちら
セッション2「マグロのサプライチェーンに潜む人権侵害」のレポートはこちら