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エビが抱える環境・人権課題と、日本企業がとるべき対策とは

2024年に10回目の節目を迎える東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)。

その主催者であるシーフードレガシーは、2030年に向けて「サステナブル・シーフードを日本の水産流通の主流に」という目標を掲げています。

とくに、目標達成のカギとなる魚種であるエビ類についてステークホルダーが協働して課題に取り組むために、2024年8月7日、「ROAD to TSSS 2024  責任あるエビ調達会議」を開催しました。

本イベントでは、エビ産業における環境・社会課題を整理し、責任ある調達を推進していくにあたり、どのような行動を水産企業は求められるのかを議論しました。


  • 開会挨拶(株)シーフードレガシー 企画営業部 高橋 諒

  •  「日本の水産市場におけるエビの責任ある調達に取り組む重要性
    ~インドネシアの改善事例から~」WWFジャパン 海洋水産グループ 吉田 誠

  • 「エビ産業における人権課題と求められる企業の対応」
    (株)オウルズコンサルティンググループ プリンシパル 大久保 明日奈

  • 「ASCデジタルトレーサビリティプロジェクト」 
    水産養殖管理協議会(ASC)  イノベーション部門  シニアプログラム アシュアランス 
    マネージャー クリストフ・ベベルナゲ(Kristof Bevernage)

  • 「トレーサビリティにおける新たな課題とケーススタディ」 
    Whole Chain 戦略イニシアティブ ディレクター  エリン・テイラー(Erin Taylor)   

  • ディスカッション、質疑応答

  • スピーカー:ASCジャパン 渉外担当 松井 大輔
          世界水産物連盟(GSA: Global SeafoodAlliance)
          マーケットディベロップメント 日本マーケット担当 芝井 幸太
  • ファシリテーター:(同上)高橋 諒


インドネシアの成功事例に学ぶ、日本企業の責任ある調達の重要性

エビ養殖業が抱える環境問題について、WWFジャパンの吉田 誠さんが現状と課題をプロジェクトの事例を用いながら説明しました。日本のエビ類の供給量(2022年)は国産のものが8%で、インド、ベトナム、インドネシアからの輸入が多くを占めています。そして、エビの養殖における環境問題の一つがマングローブ林から養殖池への「土地の転換」です。特にインドネシアでは深刻な問題となっており、1980年から2005年までの25年間で約130万ヘクタールにあたるマングローブ林が、この土地転換などにより失われました。



上空から見たインドネシアの沿岸域。マングローブ林(緑色の部分)の多くが失われ、
エビ養殖池が広がっています。クレジット:© WWF Japan


そこでWWFジャパンは2018年7月、インドネシアの現地エビ加工会社、日本生活協同組合連合会(以下、日本生協連)、WWFインドネシアと協働し、ASCの基準にもとづく「インドネシア エビ(ブラックタイガー)養殖業改善プロジェクト」をスラウェシ島で始動。
プロジェクトを通じて、2024年6月までに23.41ヘクタールにあたる面積のマングローブを再生し、うち13.41ヘクタールの活着が確認されています。

さらに、2021年7月に開始したジャワ島での取り組みでは、エビの生残率(池入れした稚エビが収穫まで育つ割合)が当初の10%前後から25%を超える水準にまで改善するなど、ASC基準の要件を満たし、2024年3月にASC認証の取得が実現しました。
この成果は、現地からエビを調達する日本生協連の取り組みへの積極的な関与が大きいと吉田さんは指摘します。

© WWF Indonesia
エビの生産者の方にも協力いただきマングローブの再生が進んでいます。


ではエビを調達している企業に求められるアクションとはどのようなものなのでしょうか。
吉田さんは5つのアクションを推奨しました。


1.環境・社会に配慮した責任あるエビの生産・調達に関するサプライヤー・生産者との対話
2.ASC認証やMSC認証などの持続可能性が高い認証を取得したエビの調達
3.上記認証の取得に向けた生産現場での改善の取り組みへの積極的な関与・支援
4.トレーサビリティの国際基準であるGDST標準にもとづくトレーサビリティの確保(養殖で天然親エビ由来の稚エビを使用している場合は、天然親エビの採捕まで)
5.土地転換・マングローブ林破壊のない調達を含む、エビの責任ある調達に関するコミットメントの表明・実行(土地転換の状況把握に有効なツール:Clark Labs Coastal Habitat Mapping Tool


エビ産業の深刻な人権課題と、企業に求められている具体的対応とは

オウルズコンサルティンググループの大久保明日奈さんは、エビ産業を含む水産業特有の重要な人権リスクとして、漁場・養殖場、漁港、加工場等における労働者の劣悪な労働条件等が指摘されていると言います。

2010年代半ばには、世界最大のエビ輸出国(当時)であるタイのエビ産業で、強制労働や児童労働など深刻な人権侵害が調査・公表され、アメリカのWalmartをはじめ大企業のサプライチェーンの関与が指摘されました。タイだけではなく、ミャンマーやバングラデシュでも劣悪な環境での労働や児童労働が指摘されています。


そんな中、2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されるなど、世界や日本でビジネスと人権に関するルールの整備が加速してきました。

国連の指導原則は、企業が引き起こしている(または助長・関係している)人権侵害への対応を求めており、企業が果たすべきとされている責任は「方針によるコミットメント」「人権デュー・デリジェンス・プロセス」「救済・是正」の3つです。



大久保さんは、タイに本社を置くThai Unionを、人権も含むサステナビリティ対応先進企業
として、サプライヤー管理にも注力していると紹介しました。



その上で、企業に求められる人権への取り組みとして、人権方針の策定、負の影響の特定・分析・評価、教育・研修の実施、社内環境/制度の整備、サプライチェーンの管理、モニタリングの実施、外部への情報公開、苦情処理メカニズムの整備)の8つを説明しました。



養殖のデータ管理を革新。「ASCデジタルトレーサビリティプロジェクト」とは

次に、ASCのクリストフ・ベベルナゲさんが、2023年に同組織が開始した「ASC デジタルトレーサビリティプロジェクト」の概要や背景について紹介しました。


このシステムはデジタルシステムで養殖場からサプライチェーン全体にわたる体系的な主要データを収集、共有でき、東南アジアのエビ生産者の一部はすでにこのプロジェクトに参加しており、24社がデータを共有しています(2024年8月時点)。

このツールの主なメリットはトレーサビリティとデータの互換性が確保できることです。特にデータについては、世界の水産企業の統一されたデータ基準であるGDSTにも組み込まれていることが大きな特徴です。また、書類の一括管理やサプライチェーンでの問題への迅速な対応もできるようになります。


このシステムが開発された背景は、エビはサプライチェーンの企業が発行する書類によって重量が異なること、その結果顧客からリコールが発生するなど企業の信用度が下がっていたためです。最初はより現場に即したシステムを構築するため、複雑な環境であるベトナムで試験的に始まりましたが、今ではインドやバングラデシュでも使われており、今後は他の国々や魚種への拡大が予定されています。
 


最後にベベルナゲさんは、企業の参加を呼びかけました。


問い合わせ先:
kde@asc-aqua.org
https://jp.asc-aqua.org/contact-2/


トレーサビリティのデータを標準化する新基準

GDSTのトレーサビリティプロバイダーであるWhole Chainの戦略イニシアティブ ディレクター エリン・テイラーさんは、近年、消費者・政策立案者・市場関係者からのトレーサビリティに対する要求は高まっていると指摘します。

それに対応し、水産業界のトップ企業30社のうち24社が追跡可能な水産物に関する公約を掲げ、12社がGDSTを支持しています。世界的に複数の規制が導入されつつあり、トレーサビリティに影響を与えています。


そんな中、標準・規格に基づくトレーサビリティが重要となり、GDSTは水産物のトレーサビリティにGS1基準を導入しました。基準に基づきデータを標準化することで、複数のシステムを利用して複数のサプライヤーからデータを受け取り、複数の異なるシステムを通じて複数の顧客と共有することが可能になります。

また、Whole Chainはグローバル・シーフード・アライアンス(GSA)と協力し、認証を受けた水産物のサプライチェーン向けにデータの共有と可視化の方法の変革に取り組んでいます。「グローバル・シーフード・アライアンス(GSA)データセンター」は、監査とトレーサビリティデータが組み合わされ、単一ソースの補償とモニタリング能力を提供するプラットフォームで、認証を受けたエビの養殖場や処理施設の監査データがデジタル化されていて、活用することができます。



GDST理事でありGS1ソリューションパートナーであるWhole Chainは、サプライチェーン全体に対する標準に基づいたトレーサビリティを提供。エビを含むトレーサビリティの実施やパイロット試験のためのパートナーシップにも意欲的です。

問い合わせ先:
Whole Chain 戦略イニシアティブ ディレクター エリン・テイラー
erin@wholechain.com


ASCやBAPなどの認証も環境・社会課題を重要視



セミナーの後半は、ASCジャパン 渉外担当の松井大輔さん、世界水産物連盟(GSA: Global Seafood Alliance)マーケットディベロップメント 日本マーケット担当の芝井幸太さんによるディスカッションを行いました。シーフードレガシー企画営業部の高橋諒がファシリテーターを務めました。

ASC認証、GSAのBAP認証が環境・社会課題にどう対応しているかについて、ASCは、2025年に発行予定のASC養殖場統一基準では、原則が4つになり、そのうち原則2が環境に対する責任、原則3が社会的責任に関するものであり、環境・社会課題を重要視していることが紹介されました。


BAP認証は加工工場から養殖場、ふ化場、飼料工場での審査で別の基準を設けており、それぞれの基準の中に食品安全・動物の健康と福祉のほか、社会への責任と環境への責任が含まれていることが紹介されました。




そして、ASCは2030年までに世界の養殖場の20%が何らかの認証取得のポテンシャルがあると調査しました。そこで残りの80%に向けて改善プロジェクトを始動するため、AIPをASCの正式なフレームワークとして発表し、小規模の養殖場にも改善を促しています。

大手のタイユニオンとは2026年までに同社で扱う15,700トンのエビをAIPに基づき改善し、うち4,000トンはASC認証取得を目指すというコミットメントを発表しました。GSAでは姉妹団体であるTCRSが、インドを皮切りに、小規模エビ養殖業者の改善支援を行っています。


最後に、会場の参加者の皆様に「自社の事業におけるエビ産業の環境・社会課題」について意見を募集した結果を高橋が紹介しました。

「トレーサビリティの確保が困難」「グリーバンスメカニズムの整備が困難」などの意見が上がり、高橋は小規模零細の生産者や2次加工があるエビ産業においては、サプライチェーンが非常に複雑になるため、トレーサビリティの確保に向けたサプライチェーンの透明化をすることが重要だとして締めくくりました。

シーフードレガシーでは企業のサステナビリティの推進をサポートしております。


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