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機関投資家が求めること ーFAIRR 水産物の透明性エンゲージメント セミナー報告ー

FAIRR(読み:フェア)は、食品セクターにおけるリスクと機会への対応を支援することを目的とした機関投資家が集まるグローバルなイニシアチブです。食品セクターに対し事業活動およびサプライチェーンにおける環境・社会リスクや機会の認識を高めることをめざしています。参加する機関投資家は450、投資総額は75兆ドルに上り、大きな影響力を有しています。

FAIRRは2024年にWWF、国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)、ワールド・ベンチマーキング・アライアンス、プラネット・トラッカーと連携し、「FAIRR水産物の透明性に関するエンゲージメント」を開始しました。対象となったのは、日本企業4社を含む世界の水産関連企業7社で、これらの企業のサプライチェーンにおけるトレーサビリティ確保の誓約、実行を支援することに重点を置いています。目的は、乱獲や違法行為、生物多様性の損失などを水産物のバリューチェーンから排除することです。同エンゲージメントのフェーズ1は同年に終了。2025年3月にFAIRRとWWFの担当者が来日し、日本の主要水産関連企業や金融機関を含む120名強が申し込んだシーフードレガシー主催のハイブリッド形式セミナーで、そのエンゲージメント結果を報告しました。


<FAIRR水産物の透明性に関するエンゲージメント参加企業>
日本企業:株式会社ニッスイ、マルハニチロ株式会社、丸紅株式会社、三菱商事株式会社
海外企業:Charoen Pokphand Foods Pcl(CP Foods)(タイ)、Nomad Foods Ltd(英国)、Thai Union Pcl(タイ)



<FAIRR担当者が語る 日本の水産企業の遅れの原因とは>

日本の水産業界のトレーサビリティーの遅れは重大なリスクー「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント(Seafood Traceability Engagement)」の結果から


<開催概要と登壇者プロフィールは以下のリンクにてご覧いただけます>

FAIRR担当者 来日!日本の水産企業のトレーサビリティーの国際的評価ー「FAIRR 水産物の透明性に関するエンゲージメント」結果が示すものー



投資家はポートフォリオが自然に与える依存・影響および、それに伴うリスクと機会をどのように見ているか


左から二人目、マックス・バウチャー(Max Boucher)FAIRR 生物多様性・海洋研究 シニア・マネージャー


FAIRRのマックス・バウチャーさんは、エンゲージメントの成果を紹介するとともに、投資家が自らの投資ポートフォリオの自然への依存および影響、それに伴うリスクと機会をどのように評価し、管理しているか、解説しました。

バウチャーさんによると、投資家はまず、生物多様性に最も影響を与える要因を特定しています。根拠とするのは、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム)のような科学的データです。

データを基に投資家は、ポートフォリオに対する自然および生物多様性への潜在的な依存と影響を評価します。例えば投資先のうち、生物多様性の損失を引き起こしている企業、損失の影響を受ける企業などを特定していきます。

そして投資家は、リスクを金融の言語に“翻訳”します。例えば特定の魚種が減少すれば、該当魚種を販売する企業の長期的な売上に影響を与えます。規制の強化が業績の低下をもたらす恐れもあります。一方で考えられるのは、持続可能性に取り組むことが、企業にとってポジティブな機会を生む可能性です。プレミアム価格での販売や、規制に先んじた対応による競争優位性の確保などがその例です。

バウチャーさんは、「エンゲージメントの第1フェーズを通じて、トレーサビリティー導入への課題が見えてきた」と話します。企業単独でのトレーサビリティー導入には限界があることから、水産企業が共同で活用できるプラットフォームの設置に向け、FAIRRは業界団体の支援をしています。


科学的データを基に生物多様性喪失の要因を特定する (当日投影された資料より抜粋)



水産資源の持続可能な管理に対する金融機関の関心は、明らかに高まっている

右から二人目、ローレン・リンチ(Lauren Lynch)WWF(世界自然保護基金)アメリカ マネージャー、ブルーファイナンス担当


WWFは2022年から、約80の金融機関(銀行、資産運用会社など)を対象に、水産業界向け方針の策定状況を調査してきました

WWFアメリカでブルーファイナンスを担当しているローレン・リンチさんは調査を実施した過去2年の変化を振り返り、金融機関の意識が明確に高まったと話します。2023年の調査対象となった銀行40行の約4分の1が、調査をきっかけに水産業に向けたE&S要件(環境社会要件)を強化しました。また、2024年の進捗に関する初期の分析(2025年半ばに公開予定)では、この勢いが続いていることが示されています。とりわけ日本では、2024年にみずほ銀行が水産業向け方針を新たに策定しました。

また、投資家は企業が自然関連リスクにいかに向き合うかにも、注目しています。これをうけ、WWFは、これから始まるエンゲージメントの第2フェーズにおいて、トレーサビリティーを段階的に導入するためのガイダンスの作成や、トレーサビリティーシステム導入による付加価値の定量化などに取り組む予定です。

リンチさんは最後に、WWFが今年後半に発表予定の「ネイチャー・ポジティブ・オーシャン・フレームワーク」の開発に取り組んでいることを紹介。リスク軽減だけでなく、生態系の回復や回復力の向上、システム変革が重要であるとし、「企業や投資家からのフィードバックを受け、実践的なものにしていきたい」と話しました。



WWFの調査でも、水産資源に対する金融機関の意識が高まっていることは明らか(当日投影されたスライドより)



持続可能性への取り組みに、“信頼性”が求められる時代


右端、レイ・ディラーニ(Raymond Dhirani) 海洋管理協議会(MSC)&水産養殖管理協議会(ASC)資本市場アウトリーチ部門責任者 

「金融機関はこの数年で、財務リターンと環境・社会リターンとのバランスを重視する方向へと急激に移行した」と、MSC/ASCで金融機関とのエンゲージメントを担当するレイ・ディラーニさんは話します。特に、持続可能性への取り組みに“信頼性”が求められる時代になったと、ディラーニさんは指摘。企業は「自らの取り組みはサステナブルである」と主張するだけではなく、“データ”を示す必要があり、認証がその手段となっているのです。

MSC/ASCは、金融機関とのエンゲージメントを通じ、投資および融資の方針への組み入れを推進してきました。ドイツ銀行が発表した方針で養殖業者に対してASC認証をすでに取得しているか、取得を予定していることを求めるようになったのは、前向きな動きだと言えます。

投資家とのエンゲージメントでは、認証を取得した企業を投資家が評価する仕組みを推進しています。またMSC/ASCの監査データを用いて企業の環境・社会評価を可視化し、比較するためのESGダッシュボードの開発も行っています。

ディラーニさんは、2018年にはゼロだったブルーファイナンス市場が、2023年には約40億ドル規模まで成長したことを示しました。そして、「サステナブルファイナンスによるインパクト創出を推進し、水産業のよりよい未来につなげたい」と締めくくりました。


2018年以降、ブルーファイナンス市場は急速に成長している(当日投影された資料より抜粋)



水産物トレーサビリティーは、投資家が無視できないテーマ

背景画面、山脇 大 野村アセットマネジメント株式会社 運用部 |
責任投資調査部 | ネットゼロ戦略室 シニアポートフォリオマネージャー

オンラインで参加した野村アセットマネジメントの山脇大さんも、「自然資本に関するアセットオーナーの意識も高まっており、今後は自然資本と投資リターンが両立する運用ソリューションが求められるだろう」と昨今の変化を口にしました。

野村アセットマネジメントは、日本の水産業と市場環境を理解する責任ある投資家として、リードインベスターとしてエンゲージメントに参画した企業です。同社は水産領域を重要と捉えています。2024年に行ったTNFD提言に基づく情報開示のなかで、ポートフォリオの自然資本リスクを測定したところ、水産領域がリスクの一つとして特定されたためです。

山脇さんは水産物のトレーサビリティーは「投資家が無視できないほどの重要なテーマになっている」と指摘。日本で食品トレーサビリティーが注目されたのは安全性の議論からでしたが、環境潮流や人権意識の高まりで「セーフティからセキュリティの議論に変化」しています。

エンゲージメントを通じ、データを取得するための社内協力体制の構築など、課題が明らかになりました。魚種の多さからトレーサビリティーを深めるのが困難だという声や、水産業の事業割合が大きくない企業では社内の理解を得るのが難しいという声もあったと言います。山脇さんは「他投資家や業界団体とも連携し、一緒に考えていきたい」と話しました。

野村アセットマネジメントは、TNFD提言に基づく情報開示を行い、
「海洋の健全化」を主要な影響領域として特定した(当日投影された資料より抜粋)


企業、投資家、政府。それぞれの役割を果たして、水産物トレーサビリティーの強化へ


後半では、会場とオンラインの参加者から寄せられた質問に、会場で講演を行った3名のパネリストが回答しました。進行は、花岡和佳男((株)シーフードレガシー代表取締役社長)が務めました。内容の一部を抜粋してお伝えします。

Q.日本の水産企業のエンゲージメントにはどのような印象がありましたか?


  • 日本企業は協力的だったと感じている。ある企業ではCEOを含む15名以上の取締役が対話に出席するなど、重要視していることがうかがえた。日本企業はTNFDにおいて先行していることも特徴で、自社が把握している点と把握していない点を整理し始めている。これは重要な動きだ。まず出所が不明な魚の割合を認識することで、透明性を高める取り組みを進められる。問題認識の段階からトレーサビリティーシステムの構築へと歩みを進めてほしい(バウチャーさん)
  • エンゲージメントに関与している7社はすでにサステナビリティに踏み出している企業で、業界のリーダーだ。このイニシアチブは、これらの企業が、業界のより広い範囲で影響を与えるベストプラクティスを共に創り出す後押しとなるものです。今後のフェーズで実行段階へと進んでいくことが重要だ(リンチさん)
  • 投資家とのエンゲージメントへの熱量は企業によって異なる。一部の企業はサステナビリティを重要視しているので、投資家の声が取り組みの後押しとなる。一方で、従来通りの事業を続ける企業もある。後者には、持続可能なビジネスモデルこそが長期的な株主価値につながるのだと伝えることが大事。今回のようなイニシアチブは、サステナビリティを重視する投資家の視点を伝えることになり意義があった(ディラーニさん)
  • 日本で活動する立場としても、以前は水産業界全体として現状のリスクに目を向けない一面はあったと思うが、今はもうネガティブ情報を隠す時代ではないことを、改めて強調したい。パネリストからの回答にもあった通り、リーディングカンパニーのグループが引っ張っていると改めて感じた(花岡)



Q. FAIRRやWWF、MSC/ASCの取り組みは、透明性の高い情報開示やエンゲージメントの強化にいかにつながっていくでしょうか?


  • トレーサビリティーや認証、情報開示はそれぞれ重要な手段だが、単独では課題を解決できない。しかし総合的に組み合わせれば、水産物バリューチェーンをサステナブルな方向へ移行するために有効である。関係性をナラティブにまとめることに取り組みたい(リンチさん)
  • 優れた認証制度にはトレーサビリティーの要素が含まれており、透明性の高いエンゲージメントと密接なかかわりがある。TNFDのような開示メカニズムは、開示そのものが目的ではなく、金融機関がリスクを把握し対策を講じるためのものだ。経営の意思決定に影響を与え、変革を加速させる開示が求められる(ディラーニさん)
  • 投資家がまず確認するのは、投資先が適正なリスクアセスメントを行っているか。情報開示の仕組みは「データがないからリスクがわからない」を防ぐことにつながっている。データをもとに目標設定し、そのための戦略策定をすることが企業にとっての基本的ステップである。認証やトレーサビリティーは戦略を支える手段となりえる(バウチャーさん)
  • 日本では、自社の事業活動の自然への依存とインパクトを把握し、これによる自社の事業のリスクや機会の評価を踏まえて、自然の保全・回復に取り組む姿勢を明確にする企業が増えている。そうした企業群は、いち企業やいちサプライチェーンでの取り組みに限界があることを知ったからこそ、2024年に法制度の強化を政府に共同で訴えかけ始めた。ボランタラリーからマンダトリーへの大きなシフトがおきつつある。(花岡)

Q.小規模漁業者のサステナブルな取り組みを評価する仕組み、資金が流れる仕組みはどのようにして実現できるでしょうか?


  • 小規模漁業者にとって、認証のハードルがあるのは確かだ。そのためMSCでは昨年、Improvement Program(改善プログラム)を開始した。認証取得が難しい小規模漁業者向けのプログラムで、MSCの基準を活用して持続可能性向上に取り組むことを目的としている。認証を目指すかどうかにかかわらず活用できるので相談してほしい(ディラーニさん)
  • WWFは「Fisheries Improvement Fund(漁業者改善ファンド)」を立ち上げ1トン当たりの追加料金を設定する仕組みを導入している。これにより、消費者やバイヤーは、持続可能性向上に取り組む小規模漁業者を支援できる。経済的インセンティブを通じて、小規模漁業者の取り組みを後押ししている(リンチさん)
  • 小規模漁業者は資金やリソースが不足しがちだ。解決策の一つとして、大企業によるインセンティブ制度がある。一部の養殖事業者は、基準を満たす飼料会社にプレミアム価格を支払う仕組みを設けている。もう一つ重要なのは政府の役割だ。有効でない補助金を見直し、サステナブルな漁業の推進に活用しようとしている(バウチャーさん)
  • 補助金の見直しの重要性は日本でも同様。既存の補助金スキームでは水産資源も水産従事者も水産地域社会も減少・衰退の一途であり、小規模漁業者への投融資金流入を阻害している一面がある。支給条件として持続可能性基準を設けるなど、環境や生物多様性の保全および水産資源回復の数値目標を設定した補助金の扱いが必要だろう。(花岡)




Q.気候変動や水産資源の減少により、サプライチェーン全体のレジリエンスが問われます。金融機関は、レジリエンスのために投資することも必要ではないでしょうか?

  • この分野への関心は高まっていると感じる。ジャストトランジション(公正な移行)は漁業においても重要。例えば今は米国ニューイングランド州にあるロブスターの生息域が今後、北に移る可能性が高い。現在の漁業者が商業漁業を続けられるよう投資し、レジリエンスと適応を支援する必要がある(バウチャーさん)

Q.フェーズ1の結果で、日本企業の取締役はトレーサビリティーへの認識が不足していました。関心を高めるためのヒントはありますか?

  • 日本のガバナンスは今、急激に変化している。10年前は海外投資家と日本企業の対話はほとんどなかったが、近年の政府と東証による改革の進展で、対話が促進されている。対話の中心にはサステナビリティに関する話題がある。わずか数年で急速に対話が活発化したことは、希望を感じさせる(バウチャーさん)
  • 今回、エンゲージメントの焦点をトレーサビリティーに定めたとき、どれだけ投資家の関心を集めるか不透明だったが、予想を上回る35社が参加した。フェーズ2ではより多くの参加が見込まれ、トレーサビリティーに関する対話の重要性が増しているとわかる。トレーサビリティーの強化は水産業のみならず、他のコモディティにとっても重要であり、今後も関心を集めるだろう(リンチさん)
  • 「TNFD開示提言」を採用し、2024年度または2025年度の取組成果を開示提言に沿った最初の報告とすることを登録・宣言した「TNFDアーリーアダプター」のリストで、日本企業は全体の4分の1を占め国別で世界最多だ。水産セクターにおいても、情報開示がこれから本格化していく中で、開示に向けた情報収集の手段として、トレーサビリティーはますます欠かせないものになってくる(花岡)
  • 人身売買や強制労働などの人権侵害問題が、水産セクターにおいても近年ますます深刻視されている。サプライチェーンにおける人権デューデリジェンスを実施する上で、正しく人権リスクを特定・評価し、的確な予防・軽減の策を講じるためには、精度の高いトレーサビリティーが必要である(花岡)


パネリストたちは最後に、金融機関に向けて「FAIRR水産物の透明性に関するエンゲージメント」フェーズ2への参加を呼びかけました。フェーズ2では、2025年後半に、昨年に続き2回目となる企業との対話を実施する予定です。

進行を務めた花岡は、「リスクばかりに注目しがちだが、機会に変えていくことこそが重要なのだとあらためて思った。金融機関も水産事業会社も一緒に取り組むことで、機会に変えていけると信じている」と議論を締めました。


FAIRRとは>
正式名称はFarm Animal Investment Risk and Return。グローバルな食品分野において、重要課題の機会と環境・社会リスクに対する認知度を向上させるため、2015年に発足した機関投資家イニシアチブ。450の機関投資家が参画し、その投資総額は75兆ドルにのぼる。


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