catch-img

サステナブルな水産を後押しする力へ。これからの金融・投資機関に求められる役割とは

2023年4月14日と21日、株式会社シーフードレガシーとWWFジャパンが連携し、日本の金融機関や投資家を対象とした二部構成のセミナーを開催しました。


WWFは2022年から2023年にかけて、日本を含むアジア地域の銀行46行の持続可能性の取り組みに関する評価レポート「サステナブル・バンキング・アセスメント(SUSBA:サスバ)」と、世界の投資機関40社の責任投資慣行に関する報告書「レジリエントで持続可能なポートフォリオ(RESPOND:レスポンド)」を発行しました。


WWFジャパンが主催された第1部「環境と金融セミナー:サステナブルファイナンスの最新ベンチマーク」では、SUSBA全体の紹介と2022年度版の結果概要の説明がありました。

そして、シーフードレガシーが主催した第2部「最新報告:アジア・日本の46投融資機関による水産サステナビリティ取り組み状況」では最新版「SUSBA」「RESPOND」の中の水産セクションに焦点を当て、記載内容を読み解き、銀行や投資機関の水産企業への責任投資の現状や展望について考えました。


世界の漁業資源はいま、約3割が乱獲、約6割が満限利用の状態にあり、まだ開発に余裕のある漁業資源は全体の1割以下で、その割合は年々減少しています。海洋における持続可能なフードシステムの構築を推進するために、水産大手企業世界最多国である日本で、水産企業に投融資を行う金融機関がいま押さえておくべきポイントとはどのようなものでしょうか。


水産分野にフォーカスした分析と展望

シーフードレガシーが主催した第2部「最新報告:アジア・日本の46投融資機関による水産サステナビリティ取り組み状況」では、金融機関、投資家、水産事業会社、コンサルタント、アカデミア、NGOなどが多様な参加者が参加していました。事前登録170名以上+当日の参加者100名以上で、水産分野における金融の役割への関心の大きさが伺われます。第2部ではまず、WWFジャパン 自然保護室海洋水産グループ長 前川 聡氏が、日本の水産業界に投融資を行う金融機関がいま把握しておくべき、海洋と水産業界の現状を講演しました。


金融機関がいま把握しておくべき、海洋と水産業界の現状



水産資源の現状については、天然の漁業生産量は今後減少すると予測される一方、養殖業は拡大し続けると予測されています。世界の水産資源は枯渇化が進んでおり、日本周辺の水産資源も半数以上が過剰漁獲、または資源状態が悪い状態であるとされています。

また、IUU(違法・無報告・無規制、Illegal, Unreported and Unregulated)漁業が国内外を問わず発生し、IUU漁業由来の水産物が世界有数の水産物輸入市場である日本に恒常的に流通しています。さらに、IUU漁業では児童労働や人身売買などの人権問題も大きな問題となっています。

これらの問題に対し、日本でも各種の法令や規則が整備されています。中でも注目すべきなのは2022年に施行された「水産流通適正化法」で、国産魚、輸入魚に対して産地証明の添付を義務づけています。IUU漁業による水産物の流通を妨げ、トレーサビリティを確保するための法令ではありますが、現在対象魚種が7種のみのため、さらなる魚種拡大が求められます。

その他にも、対象魚種ではないのに混獲された生き物の廃棄や、ウミガメなど保護すべき野生動物の混獲、ゴーストギアといった問題があります。養殖業では、多量の天然魚を餌として与える必要があり、その結果、天然資源に負荷がかかっている現状(養殖魚の育成には生産する量以上の天然魚を餌として与える必要がある)や、水産養殖に使われる抗生物質が薬剤耐性菌の出現を招くことなどが問題となっています。


                   ©WWFジャパン


持続可能な漁業とは、資源量が良好な状態で維持され、生態系・環境に悪影響を与えておらず、管理する規則や仕組みがあり遵守されている必要があります。また、持続可能な養殖業とは、生態系や環境に悪影響を与えず、種苗の資源量が良好な状態で維持され、資源調達による生態系攪乱が最小限に抑えられ、管理する規則や仕組みがあり遵守されている必要があります。そして、生産・原料調達から消費地までの違法・非持続的な水産物と識別が可能なトレーサビリティの確立が求められます。水産物を取り扱う企業が、持続可能な水産物を調達し、トレーサビリティを確立して、IUU漁業由来の水産物排除に対し取り組みを行うことが重要です。


漁獲量の増加による悪影響が、重大な金融リスクを引き起こす

続いて、WWF 海洋市場・金融部門兼サステナブル・ファイナンス部門 サステナブルファイナンス・コンサルタントの ローレン・リンチ氏が、最新版「SUSBA」「RESPOND」の水産セクションを読み解き、銀行や投資機関の水産企業への責任投資の慣行における現状や展望について講演しました。




世界では、魚および水産加工品の需要が増加し、減速する気配はありません。漁獲量の増加にともない、自然および生物多様性の喪失、気候変動、さらにはIUU漁業のような違法行為や人権侵害といった問題が生じています。これらの悪影響は、企業およびその資金提供者に重大な金融リスクをもたらします。


<漁獲量の増加がもたらす悪影響が、企業およびその資金提供者にもたらす金融リスク>
1.物理的リスク:漁業や水産養殖業の操業、水産物は、異常気象や海面上昇、塩化、および沿岸侵食など、海洋関連の気候リスクにさらされている。また、違法漁業や無責任な漁業も、物的資産を危険にさらしている。

2.操業リスク:乱獲や生息域の破壊、気候変動、および環境容量の超過により水産物の供給がますます不安定になり、水産物の不足や価格変動、短期的な利益追求および財務の不安につながる。

3.レピュテーションリスク:不透明なサプライチェーンは、労働や人権に関する懸念および違法に漁獲された水産物の隠れ蓑となり、企業やその資金提供者に法的リスクやレピュテーションリスクをもたらす。

4.市場リスク:水産物の末端市場は、水産部門における環境および社会問題に対する消費者の意識の高まりに伴い変化しており、対応できない企業は取り残される危険性がある。

5.規制リスク:水産部門における違法行為や、労働および人権侵害などの問題に対する懸念が高まっていることを受け、主要な水産物消費国の政府な様々な対策を講じており、対応していない場合は、罰則などを受ける可能性が高まる。


銀行には、水産部門の方針の策定や情報開示などが求められる

WWFは世界の41の銀行(日本の9行を含む)と42の投資機関(日本の15社を含む)について、水産の環境および社会リスク管理における取り組みを30以上の指標に基づき評価しました。

まず銀行については、ヨーロッパが最もスコアが高く、アメリカとアジアは遅れています。日本のスコアはアジアの平均を下回り、世界的に見ても日本の9行のうち、2行は世界で最も低いスコアで、平均を上回っているのは2行のみでした。

しかし、日本の銀行は、水産業界が持続可能になるための金融商品の提供、周囲の生態に配慮した養殖業の実践、全ての顧客に対する人権尊重のコミットメントや国際労働基準の遵守の要求については、他地域よりも優れていました。

一方で、顧客の業務が海洋環境に及ぼす悪影響をリスクとして認識していますが、水産業を主要な業界として認識しているかについては他地域よりもスコアが下回っていました。E&Sに関しても、顧客のプロファイルの定期的評価や評価頻度の明示、行動計画を遵守できなかった場合の対応プロセスの開示については平均を大幅に下回っていました。特に、水産に関する方針文書の開示をしているか、に関しては、1行も実施していないことがわかりました。

この結果を受けてWWFは日本の銀行に向け、下掲の5点を提言します。

<提言>
1.国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)に基づく持続可能なブルーエコノミー・金融イニシアチブ(SBE FI)のベストプラクティスガイダンスおよび提言と、顧客への期待との整合性がとれるような水産部門の方針を策定する。

2.生物多様性や気候変動、森林破壊および人権に関するより広義の銀行全体のテーマ別方針の一環として、水産物に関する環境と社会リスクへの対応を検討する。

3.水産物関連顧客のポートフォリオを定期的に評価し、環境と社会リスクにさらされる可能性を見極めるとともに、顧客と積極的に関わり、持続可能性の向上をサポートする。

4.違法・無報告・無規制(IUU)漁業への対応も含め、金融犯罪への対応方針およびプロセスの拡大を検討する。

5.既存のグリーンファイナンスの枠組みを活用して目標を絞ったブルーファイナンス商品を開発し、より持続可能な水産物の実現に向けた変革を支援する。


投資機関には、投資除外方針の開示などが求められる

次に、日本の投資機関の結果を見てみましょう。他地域よりも優れていたのは、全ての顧客に対する人権尊重のコミットメントや国際労働基準の遵守の要求でした。またアセット・マネージャーについては、企業活動において生物多様性や自然に関する影響のリスクとして認識していること、投資先企業のE&Sに関する課題に積極的に関与している点が優れていました。

その一方で、日本の投資機関、中でもアセット・マネージャーが今後改善すべき課題は、水産会社の業務活動における海洋環境への悪影響をリスクとして認識すること、投資除外方針の開示、水産部門の投資先企業が方針を遵守しない場合の対応プロセスの開示、E&Sに関する問題について水産部門の投資先企業に積極的に関与し、エンゲージメントの結果を開示することでした。特に、投資除外方針の開示については、1社も実施していないことがわかりました。

この結果を受けてWWFは日本の投資機関に向け、下掲の5点を提言します。

<提言>
1.大まかな生物多様性のリスクに関する声明を実行可能な方針に正式に落とし込むとともに、水産部門に関連する期待および基準も、これらの方針(および関連する他の方策)に織り込む。

2.持続可能なブルーエコノミー金融原則および関連するガイダンスに沿って、特定の開示されたテーマまたは指標に対して、水産物関連の投資がE&Sリスクにさらされる可能性があるかどうか定期的にレビューする。

3.水産部門/ポートフォリオレベルでの持続可能性向上のため、SMARTの目標を策定および設定し、それらの目標に対する進捗状況を開示する。これらの目標は、UNEP FIのSBEFI、SBT for Nature、TNFDなどの既存および新たなイニシアチブと整合させる必要がある。

4.持続可能性の向上を支援するために、水産物関連の金融ポートフォリオを持つ銀行を含む水産物バリューチェーン全体において、投資先企業と直接関わるとともに、これらのエンゲージメントの進捗状況を公表する。

5.より持続可能な水産物の実現に向けた変革を支援するために、既存のスクリーニングやESG統合、およびエンゲージメントプロセスを活用し、目標を絞ったブルーファンドを開発する。


講演終了後には質疑応答が行われ、たくさんの質問が寄せられました。

その中の一例として、「水産サステナビリティの実現に向けて、金融機関はどのようにしてIUU漁業の情報を収集することができるか」という質問に対しては、衛星を使ったモニタリングなどからの情報収集が可能な一方で、金融機関には投資先の会社がIUU漁業に関する明確なポリシーを掲げ対策を行なっているかどうかに注目してほしいなどの回答がありました。

また、「国ごとに水産の状況を比較した時に、ビジネスモデルが破綻して修正できない国と、持続可能性が担保されていて水産業の成長に成功している国の違いは何か」という質問に対して、前川氏は「金融機関や投資家が、いかに日本の地域の漁業や大規模な水産企業を応援しリーダーシップをとるかが鍵。日本は品質にこだわる力で海外にも勝つことができる」と回答しました。またローレン氏は、「水産業が破綻すればそれを支える金融機関にも影響があるというリスクを認識し、サステナビリティの重要性を周知する必要がある」と回答しました。


金融の力でサステナビリティの後押しを

今回のセミナーでは、最新版「SUSBA」「RESPOND」の水産セクションを読み解き、銀行や投資機関の水産企業への責任投資の慣行における現状や展望を確認しました。

SUSBAおよびRESPONDで、水産分野の調査が本格的に行われたのは今回が初めてとなります。日本の水産分野では、流通をはじめとする事業者がサステナビリティへの取り組みを積極的に行なっていますが、その努力だけを頼りに前へ進むには限界があります。根本的には消費者がサステナブル・シーフードに興味を持ち、購入する流れが大きくなればビジネスモデルが成り立ちますが、日本ではまだその流れができていません。サステナビリティへの取り組みを続けていく水産事業者を後押しするためにも、今、銀行や投資機関の力が求められています。

ページトップへ戻る