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水産業界における責任あるビジネスを脅かすリスク

2024年に10回目の節目を迎える東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)。その主催者であるシーフードレガシーは、2030年に向けて「サステナブル・シーフードを日本の水産流通の主流に」という目標を掲げています。さらに、この目標達成を目指して、水産企業と金融機関がいかに協働できるかを共に考えるべく、「ROAD to TSSS2024 サステナブルシーフード・ファイナンス&ディスクロージャー・セミナー」を4回シリーズで開催しています。


シーフードレガシー代表取締役の花岡和佳男は、2030年目標達成のためには、「過剰漁業、IUU(違法・無報告・無規制、Illegal, Unreported and Unregulated)漁業、人権侵害という3つのリスクを水産ビジネスから排除する必要があり、その動きを加速させるカギとなるのがESG投資です」と指摘します。


WWFと共催した初回2024年4月5日のセミナー「水産業界における責任あるビジネスを脅かすリスクを整理する」 では、この3つのリスクに焦点を当てて議論しました。110人を超える事前登録があり、企業や金融機関のこの問題に対する関心の高さがうかがえました。



水産資源を枯渇させる破壊的な漁業

世界の水産物は、過剰利用が増大を続ける深刻な状況にあり、WWFジャパンの前川聡さんは、「マグロやサバなどのサバ科魚類は、この40年間で7割減少した」と危機感を募らせます。 




Living Blue Planet Report Species, habitats and human well-being (WWF, 2015)より



中でもIUU漁業は、過剰漁獲や環境破壊を引き起こし、資源管理に悪影響を与え、さらに労働者の人権侵害とも密接なつながりがあります。日本で流通する水産物の3~4割程度がIUU漁業によるものではないかと評されています。


IUU漁業の根絶に向けた対策として、法制度と規制の強化、トレーサビリティの確保、認証水産物の導入などが挙げられますが、それぞれに課題があります。 


2022年の「水産流通適正化法」施行により漁獲証明制度が導入されましたが、対象となっているのは7魚種だけです(2024年4月時点)。サプライチェーン全体のトレーサビリティを確保するために、GDST標準を用いたデータによるシステムの構築が重要とされていますが、日本にはまだ導入実績がありません。また、認証水産物はIUU漁業のリスクの低減に役立つと考えられるものの、認証がない魚種については別途検討する必要があります。認証システムのコスト負担が生産者に偏っていることも大きな課題です。 


前川さんは、「これまで一企業だけでは解決が難しかったIUU漁業対策の強化に向けて、金融機関は、海洋関連のサステナビリティを推進するための投融資であるブルーファイナンスに取り組み、投融資先に働きかけてほしい」と呼びかけました。 



水産業界に蔓延する労働者の人権侵害

日本発の国際人権NGOヒューマンライツナウ(HRN)は、2022年から2023年にかけて韓国のNGOであるAdvocates for Public Interest Law(APIL)と共同で水産業界の人権侵害について調査しました。韓国の遠洋漁船の船員の約80%は、インドネシアなどからの移民労働者で、母国での貧困、教育不足、失業に苦しむ脆弱な立場にあります。


報告書によると、韓国のマグロはえ縄漁船の移民労働者30名のうち、53%が賃金の未払いや違法な天引き被害に遭っており、80%が暴言や身体的・性的暴力、虐待を受け、1年以上入港なしで航海していた人が83%に上ります。そして、全員がパスポートを没収されていました。


「私は48時間ぶっ通しで働きましたが、その後の調査で(労働時間は契約条件内であると)嘘をつかざるを得ませんでした」という船員の証言を紹介したHRNの川崎可奈さんは、「企業の監査が行われても、労働者は声を上げるのが難しいことを浮き彫りにしている」と指摘します。 



『BLACK BOX:私たちの食卓の刺身マグロはどこから来たのか?』(ヒューマンライツ・ナウ、2023年)より



船上での人権侵害の発生要因には、海上での孤立、海域を横断する規制の困難、監視の不行き届き、さらにはGPSの追跡システムを切る漁船、海上での積み替えの慣行化といった悪質な実態があります。 


企業が人権尊重の責任を果たすには、「人権デューデリジェンス」への対応が欠かせません。しかし、HRNの調査によると、日本では人権方針を公開している大手企業でも、人権デューデリジェンスの実施結果や予防から救済までのPDCAサイクルについて、具体的な実施状況の説明が少ないのが現状です。さらに、HRNが日本企業2社と行ったダイアログによると、サプライヤーなどは“企業秘密”で公開不可、遠洋漁業の人権リスクの詳細は把握していなかったとの回答でした。 


自社だけではリスクの特定段階で漏れてしまう危険性を懸念する川崎さんは、「競合他社、NGOも含め、様々なステークホルダーと連携して情報を共有する必要がある」と強調しました。


企業のサプライチェーンで人権侵害が起きているかどうかは金融機関のリスク判断の材料となります。リスクがあれば回避するのは当然ですが、その企業がリスクを特定し改善に取り組むことに前向きであれば、支援することができるのも金融機関です。責任ある投資の「責任」を金融という立場からどこまで持つのか、金融機関側にも中長期的な視点が求められています。 



健全な海洋生物なくして健全な海なし

20世紀の乱獲による水産資源の減少は、漁業から養殖への移行を促し、魚ベースから大豆ベースへの飼料原料のシフトを経て、究極的には代替食品に移行する流れがあります。


しかし、こうした業界の変化は、「単に技術的に問題解決を先送りしているだけで悪循環を永続化させ、その影響は水産企業の財務にも跳ね返ってくる」と英金融シンクタンクNGOプラネット・トラッカーのフランソワ・モズニエさん。「財務諸表が一見良好に見えるのは、経営陣が、M&A、海外事業の拡大、垂直統合、コスト削減といったテクニックを使い、根本的な問題への対処を避けているからだ」と批判します。


海洋資源の乱獲や破壊的な漁業慣行に対処して海の健全性を向上させ、かつ、企業財務を改善する上で、モズニエさんは、違法漁業の根絶、水産物のトレーサビリティへの投資、透明性への投資という3つのアクションの必要性を指摘します。そして、そのためにプラネット・トラッカーが開発した「違法漁業検知ツールキット」と「シーフード・データベース」を紹介しました。


気候変動が漁業に与える影響も深刻です。モズニエさんは、気候変動の経済的影響緩和に向けたネイチャーポジティブへの投資の効果を示す一方、気候変動対策としての海水魚の重要性を明らかにした最新の研究論文を紹介し、「健全な海なくして健全な気候なし。健全な海洋生物なくして健全な海なし」とまとめました。


複雑で不透明な流通経路への対処

IUU漁業をはじめとする水産業のリスクの背景として、流通経路が複雑で不透明であることが指摘されています。


トレーサビリティを導入すれば、データが提供され、サプライチェーンの透明性を高めることができます。また、プラネット・トラッカーの試算では、トレーサビリティ導入によるコストの低減により、利益が60%増加することがわかっています。しかし、現状では「データ不足」という投資家や銀行からの声があり、そのギャップを埋めるためにプラネット・トラッカーでは、企業の開示情報と第三者機関のデータを組み合わせた「シーフード・データベース」を構築しました。現在100社の透明性のリスク、乱獲リスク、違法漁業のリスクを評価しており、まもなく300社に増やす予定です。



How to trace $600 billion Traceability could add 60% to global seafood profits(Planet Tracker, 2022)より



パネルディスカッションでは、最近の動きとして、トレーサビリティ確保によるサプライチェーンの透明化のために、金融機関が水産企業に働きかけていくプラットフォーム、「シーフード・トレーサビリティ・エンゲージメント」が立ち上がったことを前川さんが紹介しました。これは、東京サステナブルシーフード・サミット2023で発表されたものです。世界の金融機関と、水産大手7社(うち日本企業4社)との間で具体的な対話が始まったばかりで、今後の進捗が注目されます。


また、川崎さんからは、水産企業が行うサプライチェーンの監査において、独立性や第三者性が不十分であるという問題が指摘されました。


金融機関の役割

「金融機関として、投資先水産企業の経営に持続可能性の重要性を浸透させるにはどうしたらよいか?」というセミナー参加者からの質問に、3人のパネリストがそれぞれコメントしました。


前川さんは、「サステナビリティ方針を掲げているのはまだ大手数社に限られ、トレーサビリティ導入の経営メリットの判断がつかない企業もある。CSR担当者だけでなく、経営層の理解を促進するためにも、ファイナンスの立場からしっかりメッセージを送ってほしい」という要望を伝えました。


「一歩先を行く欧米での規制の強化によって、そのマーケットでビジネスを行う日本企業にも持続可能性の重要性が浸透していくのではないか」という川崎さんのコメントに関連して、パネルディスカッションのファシリテーターを務めた花岡より、たとえば、流通適正化法の強化に向けて企業の声を大きくするうえでも、金融機関からの働きかけに期待する旨が述べられました。


また、モズニエさんは、「金融機関の役割は企業への関与。金融機関としてのシーフードポリシーを設け、融資や財務的なサポートをする際の主要な基準を設定するという方法もある」と述べました。


2023年の世界全体の水産物の輸出額は750億米ドル*1にのぼります。一方で、今回セミナーで紹介したIUU漁業に由来する水産物は、アジア太平洋地域において年間230億ドル*2に相当すると見られています。また漁業・養殖業には世界全体で5800万人が従事しています*3。


水産業界におけるESG投資は「過剰漁業」、「IUU漁業」、「人権侵害」という3つの問題の解決の切り札といっても過言ではありません。海の健全性を守り、水産業界を成長産業へと導くためには、金融機関の行動が重要なカギを握っています。




*1 https://www.fao.org/in-action/globefish/news-events/trade-and-market-news/en/#:~:text=World%20trade%20in%20fish%20and,USD%20178%20billion%20in%202022.&text=Source%3A%20Global%20Trade%20Tracker%20and%20estimates%20by%20author.


*2 https://openknowledge.fao.org/items/5812a598-5b6a-43ab-ba35-64ec3b1d04c2


*3 The State of World Fisheries and Aquaculture 2022(FAO, 2022)

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